神経科学:運動が脳を助ける仕組み
Nature
2021年12月9日
Neuroscience: How exercise might help the brain
マウスに運動をさせると、脳を保護する効果があると考えられる抗炎症因子の濃度が上昇するという観察結果を報告する論文が、今週、Nature に掲載される。運動をしないマウスにこれらの因子を移植すると学習と記憶が改善され、6か月の運動プログラムを行った少人数の認知障害患者のグループにでは、これらの因子の濃度が上昇したことが明らかになった。今回の知見は、身体運動が脳に有益な影響を及ぼす機構に関する新たな手掛かりになる。
脳と認知機能に対する運動の有益な効果は広く認識されているが、その基盤となる機構はほとんど解明されていない。今回、Tony Wyss-Corayたちは、運動が健康な脳機能に寄与する可能性のある因子の血漿中濃度を上昇させるかどうかを明らかにするため、運動をしないマウスと28日間にわたって回し車を利用できる状態においたマウスから血漿を採取し、その血漿を運動しない若齢マウスに移植した。回し車で運動したマウスの血漿を移植されたマウスは、海馬細胞の増殖と生存が著しく増加した。これは、運動をするマウスにおいて観察されたランニングの直接効果と類似している。運動したマウスの血漿を移植されたマウスは、文脈学習と空間学習、文脈記憶と空間記憶が増強されることも明らかになった。Wyss-Corayたちは、血漿のプロテオーム解析を行って、クラスタリンというタンパク質などの特定の因子が、運動の抗炎症作用において重要な役割を担っていることを明らかにした。脳の炎症の急性マウスモデルとアルツハイマー病のマウスモデルにクラスタリンを静脈内投与したところ、いずれのマウスモデルでも抗炎症作用が実証された。また、Wyss-Corayたちは、6か月間の身体運動介入後に、軽度認知障害患者(20人)の血漿中のクラスタリン濃度が上昇したことを観察した。
今回の知見は、脳に有益な影響をもたらす移植可能な抗炎症性「運動因子」が血漿中に存在している可能性があることを実証しており、アルツハイマー病などの疾患に対応する治療法を開発するための新しい発想をもたらしている。
doi: 10.1038/s41586-021-04183-x
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