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微生物から医薬品へ

健康と病気における微生物叢の可能性を最大限に活用するためには、微生物叢研究に、ファージや真菌、さらにはヒトの腸内生態学の全体像に関する研究をもっと取り入れる必要がある。

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私たちの腸内には、細菌、真菌、ファージなどで構成される複雑な微生物群集が存在している。こうした微生物叢についての理解が深まれば、新しい薬剤や治療法の発見につながる可能性がある。Credit: Design Cells/iStock/Getty

私たちの体の表面や体内には非常に多くの微生物が存在しており、その数は私たち自身の細胞の数と同程度かそれ以上だと考えられている。 近年、こうした小さくも強力な共生生物に関する研究は、その存在をマッピングする段階から、 微生物の組成がヒトの健康と病気をどのように形作っているかを理解する段階へと移行しつつある。

現在、微生物叢に基づく治療法は、100 以上が臨床試験段階にあり、 2022年には米国食品医薬品局(FDA)が微生物叢療法を初めて承認したことで、医療の新時代が到来した。

こうした進展や、微生物叢療法の将来の課題について議論するため、2024年11月19日、 英国ロンドンのKings Place に専門家たちが集い、Nature Café: Modulating the Microbiome to Treat Disease(微生物叢を調節して病気を治療する)が 開催された。このイベントは、Nature Conferencesが主催し、株式会社ヤクルト本社が共催した。 ヤクルトは、腸内細菌を基盤とした食品、化粧品、医薬品を開発するグローバル企業であり、東京都に本社を置く。

重要なものを測定する

アミ・バット スタンフォード大学(米国カリフォルニア州) 医学・遺伝学 教授

「科学者は多くの場合、自分たちは重要なものを測定していると思いがちですが、 実際には、測定方法を知っているものしか測定していないことが多いのです」と、 スタンフォード大学(米国カリフォルニア州) の医学・遺伝学教授であるAmi Bhatt (アミ・バット)は述べる。 つまり、まだ想像も測定もできないものがあるため、微生物叢に関する現在の私たちの理解は限られたものであるというわけだ。

バットの研究は、細菌に感染するウイルスであるファージに重点を置いている。 ファージは細菌と同様、腸内に大量に存在するにもかかわらず、ファージの核酸は、 微生物叢の遺伝子プロファイルを解析するための方法である従来の16Sリボソーム RNA塩基配列決定法では検出できないため、これまであまり注目されてこなかった。

「ヒトの糞便試料中のファージを分析するためには、全く別のリソースを大量に要する作業が必要であり、 このため、ファージに関する報告はほとんどなく、微生物群集の全体像が見えないままになっているのです」とバットは説明する。 「私たちは、腸内細菌と共に腸内ファージを測定して、その両方の知識をヒトの 健康に関する研究に組み込めるような環境を整えたいと考えています」。

バットらのチームは、ヒトの糞便試料中のファージと細菌を同時にプロファイリングできる メタゲノム解析ソフトウエアを開発し1、一般公開している。 彼女の研究室では、このソフトウエアをさらに拡張して、 ユーザーがファージの動態を経時的に追跡できる縦断的メタゲノムデータセットを作成している。

マリー=クレール・アリエタ カルガリー大学(カナダ) 生理薬理学および小児科部門 准教授

ファージと同様に、研究が進んでいない微生物叢の構成要素として、「マイコバイオーム」が挙げられる。 マイコバイオームは、真菌の集まりのことであり、その存在量は少ないものの、生理学的な影響という点では非常に大きい。

カルガリー大学(カナダ)の微生物学者で、幼児期の微生物叢の発達を研究しているMarie-Claire Arrieta(マリー= クレール・アリエタ)は、 微生物叢の分析には生態学的な視点を取り入れる必要があると主張する。

「幼児期の真菌と細菌の相互作用を調べると、ヒトの初期の発達段階では逆方向に進化していることが分かります」と、アリエタは話す。 「細菌集団はどんどん数が増えて多様になっていく一方で、真菌集団はそうではなくなるのです」。

しかし、アリエタの研究室の2人の鋭い学生、Mackenzie Gutierrez(マッケンジー・グティエレス)と Emily Mercer(エミリー・マーサー)によって、この傾向から外れる例外があることが見つかった。 CHILDコホート研究に参加した100人の乳児の個々の微生物叢の発達の軌跡を精査したところ、 このデータのうち約20%は、年齢とともに多様性が増加するパターンに反していた。 こうした違いの一部は、個体の真菌の多様性と関連しており、さらにこの真菌の多様性は、幼児期の生活や、 母親と父親のBMI値の影響を受けていることが分かった2

「この結果は、微生物が時間の経過とともにどのように相互作用するかを理解する上で、 生態学的な枠組みを取り入れることが重要であることを浮き彫りにしています」とアリエタは言う。 「さまざまな年齢の段階でどのような真菌が存在しているかという生態学的な観点が重要です。 そしてこれらが食事や肥満などの他の要因と相まって、その後の人生の代謝に大きな影響を与える可能性があります」。

病気との関連を特定する

フレドリック・バークヘッド イエーテボリ大学(スウェーデン) 分子医学 教授

微生物叢と代謝性疾患が関連していることは知られているものの、ほとんどの研究は、 投薬などの交絡因子が存在している可能性のあるヒトにおいて相関解析を行ったもの、 あるいは無菌マウスと常在菌が存在するマウスを比較したものである。

イエーテボリ大学(スウェーデン)で分子医学の教授を務めるFredrik Bäckhed (フレドリック・バークヘッド)は、 「微生物叢の研究は、休暇シーズンの家族団欒の食卓のようなものです」と述べる。 「微生物の中には、相互作用して良い影響を与えるものもあれば、そうでないものもあります。 与える食事によっては微生物間の相互作用の仕方が変わる可能性があるのです」。

バークヘッドは、こうした状況をより明確にするために、2型糖尿病の発症リスクが高いが、 糖尿病治療薬未投薬の人々のコホートを対象に、微生物叢の変化が病気に先行して起こり、 病的な併存疾患の発症が促されるかどうかを調べた。

その結果、「酪酸産生菌の減少と糖尿病の進行に一貫した関連性が認められました。 一方で、糖尿病が進行するにつれて増加する細菌は、個体によって異なることが分かりました」とバークヘッドは話す。 「この結果は、糖尿病を発症するリスクが最も高い人々に対し、 微生物叢に基づいた個別化予防療法を実施できる可能性を示唆しています。 しかし、そのためにはまず、微生物叢を調節する最適な戦略を見いだす必要があります」。

プルナ・カシャップ メイヨークリニック医科大学(米国ミネソタ州ロチェスター) 医学・生理学 教授

代謝性疾患以外で、微生物叢と他の疾患との因果関係を特定するのはより困難である。

メイヨー・クリニック医科大学(米国ミネソタ州ロチェスター)の医学・生理学教授である Purna Kashyap(プルナ・カシャップ) は、「微生物叢とさまざまながんとの関連を調べた臨床研究の多くは、 規模が小さく、単一のがんと健康な対照者を比較する症例対照研究であるため、限界があります」と付け加える。

複数の疾患を含むコホートから得られるリアル・ワールド・エビデンスの必要性を認識したカシャップは、 2019年に、治療を開始しようとしている全てのがん患者を対象とした、Mayo Clinic Cancer Microbiome (MCCM)Oncobiome研究を開始した。

「複数の疾患やがん種を含むコホートを対象とすることで、 多様ながんに共通して見られる非特異的な変化を管理できるようになり、特定のがんに関連する特異的シグナルをより的確に捉えられるのです」と カシャップは話す。「だからと言って、全ての微生物がこれらのがん種と因果関係があるという意味ではありません。 確実に関連することが示唆された微生物であっても、傍観者にすぎない場合もあれば、病態に関与して、 診断・治療のバイオマーカーとして役立つ可能性もあります。病態におけるこれらの役割について結論を急ぐ前に、 これらの微生物が宿主とどのように相互作用するのかを理解する必要があるのです」。

また、微生物叢を用いたがん治療の有効性を調べた多くの先行研究では、有害事象が考慮されていないという欠点がある。

「異なるがん種で、同じ治療を受けている患者の微生物叢を調べることで、 特定のメタゲノムあるいはメタボロームの特徴と、治療に関連した有害事象を経験する可能性を 関連付けることができると期待しています」とカシャップは言う。 「これにより、微生物叢を利用して、がん治療の結果を予測できる可能性が高まります」。

微生物から分子へ

本田賢也 慶應義塾大学医学部 教授

微生物叢に基づく治療法で現在承認されているものは、ドナーからレシピエントに健康な微生物を移植する 「糞便微生物移植(FMT)」という考え方に基づいているが、この手法には限界がある。

「健康なドナーからの移植であっても、FMTには病原微生物が存在している可能性があります」と、 慶應義塾大学医学部の本田賢也(ほんだ・けんや)教授は話す。 「さらに、移植する内容をコントロールできないため、有効性を予測することが難しいのです。 私たちは、FMTを、合理的に設計された微生物療法で置き換える必要があります」。

微生物叢に基づく治療法を設計するには、大きく2つの方法がある。1つは、「トップダウン」手法であり、 無菌マウスにFMT を介してコロニーを形成させ、望ましい表現型を一貫して誘導する細菌群を絞り込むというものである。 もう1つは、「ボトムアップ」手法で、微生物が産生する低分子をメタボロミクスによって特定し、 それを医薬品開発の出発点とするというものだ。

本田は、彼のチームは、免疫、病原体感染、代謝などにおいて望ましい表現型を促進できる複数の エフェクター細菌コンソーシアムを特定するために、トップダウンアプローチを活用していると話す。

例えば、白色脂肪組織は代謝性疾患と関連しているが、褐色脂肪組織は抗肥満作用や抗糖尿病作用があり、 寒冷ストレスなどの特定条件下で脂肪組織に発生を誘導することができる。

「我々は、特定の食事と特定の微生物叢の組み合わせによって、褐色脂肪組織の誘導のような、 代謝的に好ましい表現型が促進されるのではないかという仮説を立てました」と本田は話す。 こうした好ましい変化を引き起こす微生物を培養し、その後、ヒトで効果的な微生物をさらに絞り込むことで、 研究を進めるべき候補菌株を特定できると考えている。

「これらの菌株を特定の食事条件と組み合わせることで、 最終的には代謝性疾患の予防や治療のために使われるようになることを願っています」と彼は付け加えた。

しかし、腸内微生物自体を医薬品として用いるには、さらなる課題がある。 多くの菌株は偏性嫌気性細菌で、培養すること自体が難しいのだ。 バークヘッドは、これに対処するため、一部の細菌が酸素に適応するための「トレーニングプログラム」を考案した。 これは、相対的な還元状態を維持しながら、酸素濃度を徐々に高めるサイクルを繰り返すというものだ。 「これにより、これらの嫌気性細菌を大気環境中で扱うことが可能になります。 この方法こそが、ある程度の保存期間を持って生産する唯一の方法であり、非常に重要となります」とバークヘッドは述べる。

パネルディスカッションに登壇したスピーカーたち。(左から)本田賢也、マリー=クレール・アリエタ、 フレドリック・バークヘッド、アミ・バット、プルナ・カシャップ。

別の課題もある。微生物は絶えず適応・進化しているのだ。

「現在得られているプロバイオティクスの投与に関するデータからは、 微生物叢が少なくとも分類学的な組成レベルで長期的に変化するのは例外的であり、 一般的ではないことが示唆されています」とバットは話す。 「こうした治療法は、分子を評価するための規制プロセスを経る必要があるため、 微生物が宿主とのやり取りに用いる分子を見つけることが、このような治療法を臨床へと移行させるためのカギとなるでしょう」。

バークヘッドは、そのような手法の一例として、微生物叢の代謝物の産生を変化させる方法を紹介した。 例えば、イミダゾールプロピオン酸は、一部の細菌がヒスチジンから生成する物質だが、2型糖尿病患者ではこの物質が増加している。 イミダゾールプロピオン酸のレベルを低下させる1つの手法は、ウロカナート還元酵素3の構造と機能に基づいて、 この酵素に対する特異的で選択的な阻害剤を開発することだ。

「この考え方に基づくと、心血管代謝疾患の治療を目的とした、微生物酵素を標的とする阻害薬を開発できるようになります」とバークヘッドは話す。 「微生物の分類学的な組成は、患者や地域によって大きく異なることが分かっていますが、代謝物を狙うことで、 機能を標的とできるため、より大きな成功が期待できます」。

健康を映し出す

今回のNature Caféで講演者たちが取り上げた別の疑問は、健康と病気の非常に多くの側面に影響を及ぼしている微生物叢が、 健康を測定するための代替マーカーとして機能し得るのかということだった。

「微生物叢を取り巻く熱気が一般消費者や投資家にまで届いており、 家庭用または臨床用の検査を商品化している企業が多数存在しています」とアリエタは言う。 「しかし、現時点の微生物叢を見ただけで、その人の現在の健康状態、 ましてや将来の健康状態について多くを語ることはできないと私は思います」。

こうした用途で微生物叢の特徴を利用するには2つの障壁がある。 1つは、微生物叢と疾患の関連性を特定した既存のコホート研究は、より幅広い集団に一般化できない傾向があるという点だ。 もう1つは、物質の絶対量を測定する他の臨床検査とは異なり、微生物叢研究の多くは、絶対量ではなく相対的な存在量を比較している点である。 これは、この研究分野に標準化が必要であることを意味しているのだろうか。

「私たちはまだ、技術的にも生物学的にも、探索・発見の段階にあると思います」とアリエタは主張する。 「依然として分からないことが多く、私たちは、微生物ゲノムの大部分を理解していないのです」。

「今日私たちが紹介した研究だけ見ても、その内容は非常に多様です。私たちが抱えている疑問、コホート、目的はそれぞれ異なっています」と バットは補足する。「これこそが、この研究領域の素晴らしい点の1つです。 いまだ探求されていない微生物学の領域が開拓されつつあるのです」。

本ネイチャーカフェイベントについて各セッションの録画などの情報をこちらからご覧いただけます(英語)。

参考文献

  1. Pinto, Y. et al., Nat Biotechnol. 42, 651-662 (2024). https://doi.org/10.1038%2Fs41587-023-01799-4
  2. Mercer, E.M. et al., Microbiome. 12, 22 (2024). https://link.springer.com/doi/10.1186/s40168-023-01735-3
  3. Venskutonytė, R. et al., Nat Commun. 12, 1347 (2021). https://doi.org/10.1038%2Fs41467-021-21548-y

原文:From microbes to medicines

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