小児肥満の管理ガイド
Nature Reviews Endocrinology
2009年5月1日
Obesity Guiding the management of pediatric obesity
小児肥満は制御不能な世界的な危機的現象である。Endocrine Societyより発表された新規ガイドラインでは、この困難な医療問題の予防および治療に関する専門家の意見が提示されている。
現在米国では小児の約3分の1が肥満になっている1とされており、その予防および治療に対しては包括的かつ系統だったアプローチが求められている。とはいうものの、小児肥満におけるスクリーニングや予防効果、治療戦略に関するデータには大きな隔たりが認められるので、警告は専門家の意見を尊重することになる。2008年12月にEndocrine Society2は小児肥満の予防および治療に関する臨床ガイドラインを発表した。本ガイドラインの目的は小児肥満の問題を概説し、診断基準や実施可能な治療法(および治療時期)、予防法に関する専門家の意見を提供することにある。ガイドラインでは診断や生活習慣の改善、薬物療法、肥満手術、予防といった小児肥満の診療において直面する重要な問題に関する勧告がグレード別に、明確に示されている。
専門家の意見により作成された勧告もしくはガイドラインを詳細に評価する前に、潜在的に存在するバイアスを考慮する必要がある。バイアスはガイドライン作成時の種々の段階、例えばデータの収集もしくは統合の段階、あるいはデータの質の評価時、勧告の推奨度を割り当てる段階などで入り込んでくることがある。新規のガイドラインを作成するためにEndocrine Societyよって任命された専門家による作成委員会は、入手可能なエビデンスの系統的レビューやエビデンスの質をグレード付けするための標準的なアプローチ法など、バイアスをできるだけ抑える手法を採用した。また、注目すべき優れた点として、本ガイドラインでは作成委員会の各委員が特定の介入に関連する潜在的なベネフィットやリスクおよび負担をどのように評価したかが記述されている。この記述により、ガイドライン使用者はその評価に同意できるかどうか、特定の患者や臨床状況に適用できるどうかを判断する機会を得ることができる。たとえエビデンスの質が低くてもベネフィットとリスクまたは負担が相殺されるため、ほとんどの患者がその勧告に関して同じ選択を行い得ると作成委員会が判断した場合は、推奨度は「高く」設定された。一方、完全に相殺されるわけではなく、個々の患者の価値観や好みにより選択が違ってくる場合は、推奨度は「低く」に設定された。
Endocrine Societyガイドラインでは、小児肥満に対していくつかの管理法が強く推奨されている。まず、小児の過体重と肥満の診断にはCenters for Disease Control and Preventionの標準化成長曲線とともにBMIを用いることが推奨されている。すなわち、年齢および男女別BMIが85~95パーセンタイルの場合は「過体重」、95パーセンタイル以上の場合は「肥満」と分類する。発達段階(思春期)および家族背景に関連して身長発育速度が低下していることが認められない場合は、内分泌疾患に関する臨床検査をルーチンに実施すべきではない。ただし症候性肥満、特に神経発達障害の小児では遺伝子評価のための検査を受けることを進める。また、年齢および男女別BMIが85パーセンタイル以上の場合は肥満に関連した徴候や合併症の有無を評価することが推奨されている。
小児の過体重および肥満治療においては、家庭をベースに年齢に応じた強化ライフスタイル療法(身体活動量を増やし、行動支援を行うとともに食生活を改善)を実行することを基本とすることが推奨されている。ガイドラインで取り上げられている特定の介入法のなかでも高カロリー食および低栄養食の回避、毎日60分間の中等度~高強度運動プログラムの実施が強く推奨されている。 さらにガイドラインでは、ライフスタイル療法だけでは効果を認めなかった一部の小児に対して薬物療法や肥満手術の適用を考慮すべきであるということが詳細に考察されているが、その推奨度は「低い」。作成委員会は思春期前の小児や妊娠・授乳中もしくは2年以内に妊娠を計画している青年期の若年患者、健康的な食生活や運動習慣の維持が困難な患者、未解決の摂食障害を有する小児患者、未治療の精神疾患を有する患者もしくはPrader-Willi症候群の患児に対しては肥満手術を施行すべきでないと強く勧告している。ただし、健康増進のライフスタイル介入を習得できない小児および未解決の摂食障害を有する患児を除き、小児および青年期の若年患者で重篤かつ難治性の肥満に陥ったごく一部の患者に対しては肥満手術の適用を認めている。さらにはどのような肥満手術であっても将来の勧告作成に向けて有用な情報減となり得るデータの収集と長期の経過観察を計画し実行している医療施設で手術することを強く示唆している。
Endocrine Societyガイドラインでは肥満予防の問題についても取り上げている。母乳による育児は小児における過体重および肥満の発現率を低下させる。作成委員会はこのエビデンスに着目し、最低6ヵ月間の母乳による育児を強く推奨している。さらにガイドラインでは、健康増進のライフスタイル改善に関する患者教育を奨励し、公衆衛生上の問題として取り組むことを支援する根拠についても広く提示している。本ガイドラインの最終的な目標は、これらの方法を提供することにより肥満予防を推進し、かつ経済成長に伴って社会的政策を変換3できる家庭、学校、地域社会の環境を作り上げることにある。そのためには運動を行うための施設(公園やリクリエーション施設)の改善や学校給食の質の改善など、家庭や医療従事者、学校、行政が一体となった地域社会全体の改善に向けた努力が求められる。このような計画は短期的には雇用機会を増加させ、地元農業や食糧生産を支援することとなり、長期的には肥満に関連する経済負担や社会的な疾病負担を減少させる基盤を築くことにつながる3。
本ガイドラインの作成に加え、Endocrine Societyは小児肥満管理に関するガイドラインを提唱している他の多くの専門グループと共同作業を行っている。他のガイドライン作成グループには全米15組織を代表するAmerican Medical Associationが後援する専門委員会4、National Association of Pediatric Nurse Practitioners5、American Heart Association6、US Preventive Service Task Force7、American Dietetic Association8が含まれる。これらのガイドラインはいずれも似た問題に取り組んでいるが、その内容や勧告事項には相違点もみられる。これは質の低い、もしくは制限のあるエビデンスを用いて勧告を作成しようとした結果を反映している可能性がある。共通のテーマとしては小児肥満の予防や、治療の基本としてライフスタイル療法を推進することと、広い規模で小児肥満問題に取り組む社会的政策の変換を支援することが強調されている。最も顕著な違いは、脂質異常症、2型糖尿病、非アルコール性脂肪性肝疾患などの肥満に関連する一般的な合併症に対するスクリーニング法において認められる。これらのガイドラインからは年齢、肥満の程度、それに関連するリスク因子がスクリーニングのアルゴリズムに様々な影響を及ぼすことが示唆されている2,4-6。小児の過体重または肥満スクリーニングの問題に取り組んでいるガイドラインの有用な指標としてBMIが挙げられているが2,4-7、Endocrine Societyガイドラインでは胴回りの測定も評価に加えることが推奨されている。しかし、2005年にUS Preventive Service Task Force7は、小児の過体重または肥満スクリーニングについて推奨もしくは助言するにはエビデンスが不十分であると結論づけている。
これらの異なる見解を一致させる必要はあるだろうか。臨床医がこういったガイドラインをどのように利用するかを考えれば、可能な限り一致させるべきであろう。以前の研究では、小児科医は全く小児肥満の診療ガイドラインに従っていないことが示されている。例えば1998年に発表された肥満の評価と治療に関するExpert Committeeガイドラインに沿って過体重および肥満児のケアを行っている小児科医を対象にBarlowら9がその実態について評価した結果では、多くの医師が同ガイドラインで推奨されている合併症スクリーニングを行っていないことが判明した。さらに、小児肥満に対して推奨される治療を実施するためには、カウンセリングの時間が必要であるとか、重症例のための3次医療施設への照会の不足など様々な問題点が存在することが明らかとなった。小児肥満の問題に限定して考えると、プライマリケアにおいて過体重および肥満の管理を行うこと、もしくは少なくともその管理を開始する必要性は増している。こういった枠組みについて考慮することはガイドラインの作成または評価するうえできわめて重要である。
では最善のアプローチ法を提示しているのはどのガイドラインであろうか。その答えは臨床現場において完遂可能かどうかという点にかかっているといえよう。種々のガイドラインでは、一般臨床の診療における実現可能な方法とベストと考えられる方法との間に存在する溝を埋めるための手法がこれまで以上に模索されており、実際にそのいくつかが提示されている。この問題を幅広く認識することで、今後の小児肥満診療におけるスクリーニングや管理、予防に関する有効性試験で検討すべき課題が変わってくる可能性がある。より質の高いデータを用いれば診療ガイドラインにおける勧告の推奨度は高くなり、ばらつきも修正されると考えられる。
今後、小児肥満に関するガイドラインの遂行を推進するためには、種々の医療施設にとって満足できる結果が得られるもので、かつ実用性をも追求した方法を取り上げる必要がある。この間にもすでに複数のガイドラインが作成されており、そのなかにはEndocrine Societyガイドラインも含まれる。今後もエビデンスに基づくアプローチ法を臨床医に提供することにより、この非常に重要な医療問題に対する有益なガイドラインとなるであろう。
doi: 10.1038/nrendo.2009.57