副腎皮質癌の新規分子サイン
Nature Reviews Endocrinology
2009年6月1日
Diagnosis Novel molecular signatures for adrenocortical carcinoma
ハイスループットスクリーニングの登場は様々な癌種の診断および予後検査を著しく向上させた。今回フランスの研究により、良性と悪性の副腎皮質腫瘍が遺伝子発現プロファイルの違いによって明確に識別可能であるという有望な成績が報告されている。
良性と悪性の副腎皮質腫瘍を識別するにはかなりの専門性が必要とされ、早期診断やリスク分類および有効な治療法の選択における改善が望まれている。一方、ここ10年間に癌細胞の分子的および機能的特徴を明らかにする強力なツールとしてハイスループット技術が登場した。Journal of Clinical Oncology誌に発表された試験の研究者ら1は遺伝子発現プロファイリングを用い、DLG7とPINK1(Box 1)の共発現が悪性副腎皮質腫瘍患者の無病生存率を強力に予測することを見出した。同様に、BUB1BとPINK1の共発現が同患者の全生存率の予測に使用できることも明らかにした。
副腎皮質腫瘍はまれなものではなく、最近では腹部の画像診断によって偶然検出される機会が増えてきている。代表的な年代集団である50歳以上の有病率は約3%と推定されている。一方、原発性副腎皮質癌はまれなであり、かつ悪性度の高い疾患で成人および小児にかかわらず発症する(発症率は百万人に1~2人)。手術と薬物療法の併用に関する後ろ向き研究では、悪性病変を有する患者の5年生存率が5~35%ときわめて不良であることが示されている。
副腎皮質癌が疑われる患者では、腫瘍の術前評価と病期判定を目的とした腹部および胸郭における画像診断と綿密な内分泌評価により診断が行われる。現在のところ副腎腫瘤の大きさが悪性度を測る最もよい指標の1つとみなされている。また、コントラスト増強の動態を評価するための特定の画像診断手技が副腎腺腫と悪性副腎癌の識別に役立つことも指摘されている。
副腎皮質癌患者の予後と治療法の選択は腫瘍病期に大きく依存する。2004年にInternational Union Against Cancer(UICC)によりTNM分類が定義され、MacfarlaneシステムのSullivan改変を基本とした副腎皮質癌の病期分類が初めて報告された3。しかしPost hoc解析においてUICC TNM分類の予後予測値に限界があることが示され、European Network for the Study of Adrenal Tumors(ENS@T)によってその結果が裏づけられたことから、予後予測率を向上させる別の病期分類が求められるようになった。
悪性度の明確な判定基準がないために副腎腫瘍の病理組織学的診断が複雑になっている可能性がある。現行ではいくつかの顕微鏡像の組み合わせによる所見とスコアリングシステムの使用により診断が行われている。スコアリングシステムとして世界的に最も頻用されているものの1つがWeissスコアで、腫瘍の構造、細胞学、浸潤に関する9つのパラメータから構成されている。これらの基準の一部(有糸分裂数や核グレードなど)は客観的かつ再現性があるが、それ以外(びまん性構造や多形成、腫瘍浸潤など)はきわめて主観的であり腫瘍サンプルの質に左右される。そのため副腎腫瘍の病理組織学的検査は専門知識を要する困難かつ時間のかかる作業となっている。こういった形態学的特徴のほかには、増殖マーカーとしてのKi-67陽性の有用性が複数の研究により明らかにされている。副腎皮質腫瘍を良性と悪性を識別するKi-67のカットオフ値は1.5%から4.0%と様々であるが、高発現(>10%)は生存率低下と関連していた2。
Jérôme Bertherat(Hôpital Cochin、Paris、France)らはマイクロアレイ法やqRT-PCR法を用いて153検体の片側副腎皮質腫瘍を解析し、臨床的、ホルモン、病理組織学的データと遺伝子発現プロファイルとを関連づけることによってこうした診断上の限界に挑戦した。興味深いことに、マイクロアレイデータをクラスター解析すると臨床表現型が悪性の患者と良性の患者とで明らかに異なる2つの遺伝子発現プロファイルが特定された。さらには悪性グループを臨床予後の異なる2つのサブグループに明確に分けられることが見出された。著者らは無作為に抽出した47検体のトレーニングコホートを用いてこれら2つのサブグループを正確に識別するために必要な遺伝子数を減らすこと成功し、悪性を示す2つの遺伝子サインを明らかにした。大規模かつ独立した104検体の検証コホートを対象としたqRT-PCR解析ではDLG7とPINK1の共発現レベルが無病生存率を予測する最良の指標となることが示され、明らかに悪性(転移性)の腫瘍はこの指標により正確に分類された。悪性を示す分子サインは病理組織学的検査前に明らかな悪性とは判定されなかった腫瘍(Macfarlaneステージ1および2)においても無病生存率を高度に予測し、その有意性はWeissスコアと比較もしくはWeissスコアで調整しても保持された。
無病生存率の評価に加え、de Reynièsらは悪性が明らかもしくは疑われる腫瘍(Weissスコア≧2)の14検体と無作為に抽出した9検体をトレーニングコホートとして腫瘍を用い、全生存率を予測しうる28遺伝子を特定した。そのうちBUB1BとPINK1の共発現レベルは予後を予測する最良の指標であり、悪性が明らかもしくは疑われる腫瘍から成る独立した検証コホートにおいて全生存率を高度に予測した。Macfarlaneステージ1~2もしくは1~3にそれぞれ層別化したサブグループ解析においても、同分子サインはMacfarlaneステージ分類よりも有用であった。同様のアプローチ法を用いた別の研究結果もde Reynièsらの報告と一致している。Giordanoら6はマイクロアレイデータの主成分分析を行い、正常副腎および副腎皮質腺腫と副腎皮質癌とを明確に分類した。なお、本分析では他の遺伝子セットも特定されており、著者らは同セットを用いると有糸分裂グレード(高グレードvs低グレード)および生存率が明らかに異なる2つの副腎皮質癌サブグループを同定しうるとしている。
de Reynièsらは無病生存率および全生存率と分子データを相関づけるという解釈法を作り出し、悪性度の診断と生存率の予測に関して貴重な情報を入手した。副腎皮質癌の悪性状態を確認することは比較的容易であるが、特に局所浸潤や遠隔転移例では病理組織学的検査後であっても一部の局所腫瘍の悪性度が明らかにされない場合がある。de Reynièsら1が開発した分子予測ツールはこういった難しい診断精度を改善し、必要とされる技術は利用可能で、標準化も容易かつ比較的安価であるため、すべての患者の診断においても有用となろう。
診断とリスク層別化は日々進歩しているが、副腎皮質癌患者に対する個別化治療の概念が実地臨床に導入される前に治療反応性を予測するさらなる分子マーカーを同定することが望まれる。ステージ1~3の腫瘍に対しては専門的な内分泌外科医による完全な腫瘍除去が最優先に選択される。しかし患者のほとんどは初診時に局所進行もしくは転移を有している。ステージ4に対する薬物療法では副腎癌治療薬であるミトタンが中心となるが、本剤により25%の患者で腫瘍が縮小し、ほとんどの患者でホルモン過剰が是正されることが報告されている。副腎皮質癌患者に対する細胞傷害性化学療法に関する知見は限られているが、最も一般的な治療レジメンはミトタンとエトポシド、ドキソルビシンおよびシスプラチン、もしくはミトタンとストレプトゾトシンの併用療法である。同併用療法の効果と安全性については現在First International Randomized Trial in Locally Advanced and Metastatic Adrenocortical Carcinoma Treatment(FIRM-ACT)試験7において検討されている。同試験条件下においてRonchiら8は白金製剤ベースとした化学療法後の全生存率とERCC1高発現が強力に関連することを見出した。
今後、集積した臨床データと分子マーカーを注意深く組み合わせた試験を行うことで、毒性作用を最小限に抑え治療効果を増大させるための治療レジメンを個別にオーダーメイドできる可能性がある。de Reynièsらの手法により副腎皮質癌といったまれな腫瘍の実態をつかめる可能性もあり、この分野におけるさらなる進展に期待が寄せられる。
Box 1 予後マーカー
DLG7
・Discs, large homolog 7(ショウジョウバエ)
・細胞周期制御に関与
・細胞分化中に発現低下
・膀胱癌、大腸癌、肝細胞癌で過剰発現
PINK1
・PTEN-induced putative kinase 1
・ミトコンドリアに局在
・潜在的セリン/スレオニンキナーゼ
・卵巣癌で発現低下
BUB1B
・Budding uninhibited by benzimidazole 1 homolog β(酵母)
・細胞周期制御(有糸分裂チェックポイント)および遺伝子安定性に関与
・大腸癌に関連した遺伝子変異
診療のポイント
・良性と悪性の副腎皮質癌がそれらに特異的な遺伝子発現プロファイルにより識別しうる
・DLG7とPINK1の共発現は悪性副腎皮質癌患者の無病生存率を予測する
・BUB1BとPINK1の共発現は悪性副腎皮質癌患者の全生存率を予測する
Competing interests
著者は利害関係がないことを言明している。
doi: 10.1038/nrendo.2009.93