HEART2D試験:答えの先に提起される新たな疑問
Nature Reviews Endocrinology
2009年6月1日
The HEART2D trial—new questions beyond answers
持続性高血糖は急性心筋梗塞の既往を有する2型糖尿病患者の心血管イベントリスクを上昇させる。このリスク上昇を低減させるためには基礎血糖値でなく食後血糖値をターゲットとすべきなのだろうか。この問題をめぐる激しい議論が巻き起こっている。
過去数年間、糖尿病専門医の主な関心は、2型糖尿病に関連する血糖異常を管理するための最も適切なインスリン療法を決定することにあった1,2。血管疾患の進展予防のためにインスリン療法を開始することを支持するエビデンスは数多く存在するが、その際に基礎血糖値と食後血糖値のどちらを管理するのが最適かという疑問に対する回答は得られていない。Hyperglycemia and its Effect after Acute Myocardial Infarction on Cardiovascular Outcomes in Patients with Type2 Diabetes Mellitus(HEART2D)3試験の研究者らが、この問題に取り組んでいる。HEART2D試験では、急性心筋梗塞の既往を有する2型糖尿病患者を対象に2種類のインスリン療法が検討された。主要評価項目は複合心血管イベント発現までの期間である。著者らは、食後血糖値をターゲットとしてデザインされた介入法のほうが基礎血糖値をターゲットとした介入法よりもベネフィットに優れる可能性があると推測していた。ところが驚くべきことに、この2つの介入法にはほとんど差がみられないことが明らかとなった。 進行性2型糖尿病患者においては、一般的に食前インスリン療法よりも持効型基礎インスリン製剤の1日1回注射をベースとするインスリン療法のほうが選択される傾向にあり、特に初回インスリン療法の場合はその傾向が強い。その理由として、基礎インスリン療法は食前インスリン療法に比べて低血糖を引き起こすリスクが低い。加えて、食前インスリン療法は各食事前に1日複数回速効型インスリンアナログを投与する必要があるが、基礎インスリン療法は施行が簡便である。有効性の面でも問題はなく、いずれのインスリン療法によっても目標HbA1c値は達成可能である。にもかかわらず種々の臨床試験のデータからは、基礎インスリン療法と食前インスリン療法の選択に関して議論が続いていることが示唆される1,2。しかし、これらの研究は短期効果を検討するものに限られており、心血管イベントリスク等の長期予後は検証されてこなかった。HEART2D試験は、急性心筋梗塞発症後の2型糖尿病患者においてさらなる心血管イベントの発現を予防するには、基礎または食後血糖値のいずれをターゲットとして優先的に選択すべきかを決定するためにデザインされた。
HEART2D試験は、多国間で実施された前向き2群間非盲検比較試験である。血糖コントロール不良の30~75歳の2型糖尿病患者で、試験開始前21日以内に急性心筋梗塞を発症した症例を登録し、適格例を無作為に2群に割り付けた。1群(558例)には、基礎血糖値(空腹時または食前血糖値<6.7mmol/L)をターゲットとして中間型インスリン(NPH)を1日2回またはインスリングラルギンを1日1回投与した。もう1群(557例)には、食後血糖値(<7.5mmol/L)をターゲットとして速効型のインスリンリスプロを1日3回食前に投与した。食前インスリン療法群において十分な血糖コントロールが達成できなかった場合は、就寝時に中間型インスリンを追加することを許可した。
目標HbA1C値は両群とも<7%に設定した。HbA1C値はいずれの群においても同等に低下したが、目標値に達した患者の割合は少なく、食前インスリン療法群で28%、基礎インスリン療法群で31%のみであった。複合心血管イベント(心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中、冠動脈再建術、急性冠症候群による入院)の初回発現までの期間を主要評価項目として検討したが、両群間に差が検出されず、本試験は平均追跡期間2.7年で早期に中止された。この結果から、心血管イベントのリスク低減においては持続性高血糖評価の「ゴールドスタンダード」であるHbA1C値の低下が最も有用であることが確認された。さらに、目標HbA1C値を達成できるのであれば、同パラメータを改善するためにどの治療法を用いるかは大きな問題ではないことが示唆された。
HEART2D試験の1日7点測定血糖値プロファイルの解析により、試験終了時における血糖値のばらつきの範囲は2群間でまったく異なることが明らかとなった。基礎インスリン療法群の血糖値の日内変動(最高値~最低値)は、治療後とベースラインとで変化がみられなかった。一方、食前インスリン療法群では、治療に伴い食後血糖値の上昇および全般的な血糖値の変動が完全に抑制された。心血管予後が両群で同等であったことから、血糖値の変動は大血管合併症の進展には大きく作用しないことが強く示唆された。これらの結果は、Diabetes Control and Complications Trial(DCCT)データを後向きに解析した2件の報告と一致している6,7。DCCTの報告では、1型糖尿病患者において血糖値の変動は微小血管合併症に対してのみごくわずかな影響を及ぼすと結論づけられている。HEART2D試験においてインスリン療法の施行を受けた2型糖尿病患者の大血管合併症についても、この見解が当てはめられた。
これらの結果から、新たな疑問が生じてくる。経口血糖降下薬による治療を受けている2型糖尿病患者では、血糖値の変動が強力な刺激となり酸化ストレスを引き起こす8。さらには、この酸化ストレスの活性化が糖尿病合併症を生じさせる重要な因子となりうることも指摘されている9。ところがHEART2D試験では、インスリン療法を受けている2型糖尿病患者において血糖値の変動は心血管疾患のリスク因子とはならなかった。ここに、早急な解明が望まれる2つの疑問が提起されよう。1つは、血糖値の変動は経口血糖降下薬による治療を受けている2型糖尿病患者では心血管疾患のリスク因子となるのに、インスリン療法を受けている患者ではリスク因子とならないのはなぜか、という疑問。もう1つは、インスリン療法を受けている患者では、インスリン自体が酸化ストレスの有害作用を無効にするのか、という疑問である。
残念なことに、HEART2D試験では酸化ストレスの活性化が検討されていないため、これらの疑問に対するさらなる洞察は得られまい。新たな試験の実施が要されるのは間違いないが、HEART2D試験からは2つの重要な推奨事項を支持するエビデンスが提示された。すなわち、2型糖尿病患者では、経口血糖降下薬を用いた血糖コントロールにより目標HbA1C値が達成されない場合はただちに早期インスリン療法を開始すべきである。さらに、インスリン療法では基礎または食後血糖値のいずれかをターゲットとするのではなく、両方の血糖値異常をターゲットとして推奨HbA1C値を達成することを目指すべきである。
doi: 10.1038/nrendo.2009.98