TSH値は骨の健康に影響を及ぼすか
Nature Reviews Endocrinology
2009年5月1日
Does TSH concentration influence skeletal health?
甲状腺機能の変化による骨への影響をめぐる議論は多い。しかし、Tromsø研究の最新報告では、血清甲状腺刺激ホルモン(TSH)値の変動が正常範囲内であればBMDにそれほど影響を及ぼさないことが示された。
甲状腺機能と骨粗鬆症の関係については数多くの研究が行われており議論も盛んであるにもかかわらず、いまだ解明されていない1。ほとんどの臨床医は、顕性甲状腺機能亢進症により骨折リスクが上昇すると考えている2。また、臨床医の多くはメタアナリシスの知見に照らして、閉経後女性においては軽度または潜在性甲状腺機能亢進症(甲状腺ホルモン値は正常であるがTSHが低値を示す状態と定義)により体幹骨のBMDが低下するが、閉経前女性または男性では低下しないと考えるようになっている3。Grimnesら4は、大規模な集団ベースの縦断的コホート研究において血清TSH値とBMDの関係について検討した。著者らは、血清TSH値は正常範囲内であればBMDに影響を及ぼさないが、血清TSH値<2.5パーセンタイルの男女の亜集団では前腕BMDが低下することを明らかにした。
閉経後女性における潜在性甲状腺機能亢進症と体幹骨の骨量低下との関係について検討した研究では相反する結果が得られており、甲状腺機能亢進症が骨折を引き起こすかどうかという臨床上重要な問題に関するデータはほとんどない。1件の前向き研究において、TSH値<0.1mIU/Lの65歳未満の女性では大腿骨近位部および椎骨の骨折リスクが3~4倍上昇することが示されている5。一方、ほとんどの研究では、軽度(潜在性)または顕性甲状腺機能低下症患者の骨量は正常であるか、もしくはわずかに増加している可能性も示唆されている。骨に対する甲状腺機能障害の影響は一般に甲状腺ホルモンT3およびT4に起因するとされており、げっ歯類を材料にTSHが破骨細胞や骨芽細胞に直接影響を及ぼすことを示した研究結果にはいまだ異論がある。
こうした背景のなか、Grimnesら4の研究に大きな関心が寄せられている。著者らは、2001年にノルウェーで実施された生活習慣関連疾患に関する集団ベースの縦断的コホート研究であるTromsø研究の5回目の調査データを用いて解析を行った。Grimnesらは、甲状腺疾患の既往がない閉経後女性993例および高齢男性968例(平均年齢63.7歳)を対象に、TSH値と大腿骨近位部(二重エネルギーX線吸収法により測定)および橈骨(単一エネルギーX線吸収法により測定)BMDとの横断的な関連について報告した。TSH値が正常範囲未満(<0.49mIU/L、18例)の女性は、TSH値が正常範囲内の女性に比べて年齢、体重、身長、喫煙、身体活動、ホルモン補充療法の影響について補正後の橈骨遠位部(主に皮質骨)および橈骨遠位端部(主に海綿骨)BMDが有意に低かった。一方、TSH値が正常範囲以上(>4.56mIU/L、25例)の女性は、TSH値が正常範囲内の女性に比べて大腿骨頸部BMDは高かったが、大腿骨近位部BMDは同等であった。男性の結果は一貫性に乏しく、低TSH値(<0.57mIU/L、28例)の場合は橈骨遠位部BMDが低下したが、橈骨遠位端部BMDおよび大腿骨近位部BMDはTSH値が正常範囲内の男性と同等であった。女性の場合とは異なり、男性では高TSH値(>4.64mIU/L)とBMDとの間に関連はみられなかった。重要な点として、TSH値が正常範囲内にあった被験者の男女はいずれも、測定を行ったすべての部位でBMDが(実際のTSH値にかかわらず)同等であった。
概してGrimnesらの研究は厳密かつ質も高いが、いくつか問題点がみられることも指摘しておく必要があろう。当初登録予定であった1万人以上のうち最終的に試験に参加した被験者数がきわめて少なく、また、女性の22%が更年期ホルモン補充療法を受けていたことを鑑みると、選択バイアスが生じている可能性がある。さらに、甲状腺ホルモン値が測定されていなかった点も重要であり、TSH値が異常であった被験者の一部は、顕性甲状腺機能亢進症または顕性甲状腺機能低下症を発症していたにもかかわらずそれが明らかになっていなかった可能性がある。以上のこと考え合わせると、BMDと正常範囲内のTSH値との間には関連が認められないとするデータが、本研究の最も妥当なデータということになろう。
Grimnesらの示したデータは、甲状腺機能と骨の関係に関して一般的に受け入れられている見解と一致している。まず、TSH値の変動が正常範囲内の場合は、その影響がTSHの直接的な作用によるのか、もしくはT3/T4により引き起こされる間接的な作用であるのかにかかわらず、BMDに対して臨床的に意義のある影響を及ぼす可能性はきわめて低いと考えられる。したがって骨の観点からすると、正常範囲内で高い、または低い目標TSH値を達成するために甲状腺ホルモン補充療法を施行することは推奨されない。第2に、Grimnesらが報告した男性のデータは、過剰の甲状腺ホルモンが橈骨遠位部等の皮質骨に対して主に影響を及ぼすという見解と一致している。ただし、女性ではそうした特異的な影響はみられなかった。第3に、TSH値<2.5パーセンタイルの男性において橈骨遠位部BMDの低下が認められたことから、低TSH値の男性は有害な作用を受ける可能性があることが示唆された。とはいうものの、男性において低TSH値が骨折リスク上昇と関連するかどうかは不明である。
臨床医は、甲状腺機能と骨に関するその他の重要な問題についても考慮しなければならない。最も重要なのは、ルーチンの甲状腺ホルモン補充療法ではTSH値を正常範囲内に維持するよう用量を調整し、モニタリングすることである。さらに、甲状腺癌の外科的摘除後などにTSH抑制療法を実施する場合は、高齢患者における骨折リスクの上昇についても勘案する必要がある。第2に、閉経後女性において低TSH値が骨折リスクに及ぼす有害な作用は、体幹骨のBMD測定では十分に把握することができず、骨微細構造の損傷または骨代謝回転の加速といった骨量低下以外の機序が大きくかかわっていることも考慮しなければならない。将来的には、骨質の異常を検出する検査や骨代謝回転を確実に評価できる生化学的マーカーが利用できるようになろう。しかし、そうしたツールが広く使用できるようになり、かつ、その臨床使用が前向き試験で確認されるまでは、低TSH値を骨折に対する付加的なリスク因子として捉え、それに従って予防療法を検討するしかない。
低TSH値が持続している患者の治療選択肢は十分検討されておらず、エビデンスに基づく診療ガイドラインも作成されていない。外因性甲状腺ホルモン投与量の調整による低TSH値の是正や放射性ヨード内用療法または抗甲状腺薬による内因性甲状腺機能亢進症治療は直観的には興味をそそられるが、骨折発生率の低下には結びつかないことが示されている。さらに、甲状腺癌摘除後の甲状腺ホルモン抑制療法を施行中の患者など、低TSH値を是正できない、もしくは是正すべきではない患者に対して有効な骨折予防療法に関するデータも不足している。心強いことに少なくとも1件の小規模試験で、低TSH値患者をビスホスホネート製剤で治療したところ、予想どおり骨量増加が示されたことが明らかにされている7。低TSH値が骨代謝回転を亢進させることを鑑みると、その場合は骨吸収抑制薬が骨折予防に有用と考えるのが妥当であろう。 要約すると、低TSH値は閉経後女性、およびおそらくは高齢男性においても骨折の独立したリスク因子になると考えられる。体幹骨および末梢骨BMDに対する低TSH値の影響についてはまだ異論があるが、正常範囲内のTSH値がBMDに臨床的に意義のある影響を及ぼすという所見は見出されていない。低TSH値が持続している患者では、TSH値を正常化するためのさらなる治療法の検討を、骨折予防療法の研究として行う必要がある。
診療のポイント
・甲状腺機能とBMDの関係については議論が多い。
・正常範囲内の血清TSH値はBMDを変化させなかった。
・甲状腺機能亢進症を示すTSH値はBMD低下と関連する。
・甲状腺機能亢進症患者では骨の健康をモニタリングすべきである。
Competing interests
著者は利害関係がないことを言明している。
doi: 10.1038/nrendo.2009.59