ソマトスタチンアナログのオクトレオチドLAR の抗腫瘍効果
Nature Reviews Endocrinology
2010年4月1日
CANCER Antitumor effects of octreotide LAR, a somatostatin analog
ソマトスタチンアナログによる非機能性神経内分泌腫瘍の治療に関しては、抗腫瘍効果の低さから疑問の余地が残されている。今回、PROMID 試験グループにより、高分化型神経内分泌腫瘍で腫瘍量の低い患者においてオクトレオチドLAR(長時間作用型除放性製剤)はプラセボに比べて無増悪生存期間を延長し、十分な抗腫瘍効果を示すことが報告された。
中腸のカルチノイド腫瘍は小さな転移性腸管神経内分泌腫瘍で稀な疾患と考えられているが、その発症率と有病率はここ20 年間で実質的に増加している。本腫瘍は種々のペプチドおよびアミンの分泌過多を起こ し、カルチノイド症候群としても知られる紅潮や下痢、気管収縮、カルチノイド心疾患といった特有の症状を引き起こす。ソマトスタチンアナログのオクトレオチドは20 年以上前から実診療での使用が可能となっており、神経内分泌腫瘍によるアミンやペプチドの分泌過多に起因する臨床症状の抑制においてゴールドスタンダードとなっている3。本剤により、カルチノイド症候群の症状を呈する中腸カルチノイド患者の40~ 50% で、下痢と紅潮がコントロールされることが報告されている。一方、ホルモンを分泌しない非機能性神経内分泌腫瘍の治療にソマトスタチンアナログを使用することについては議論の余地がある。今回、Rinke ら4 の新しい研究により、ソマトスタチンアナログのオクトレオチドLAR(長時間作用型徐放性製剤)が中腸カルチノイド患者において優れた抗腫瘍効果を示すことが示された。
これまでの非無作為化試験では、WHO もしくはRECIST の基準に基づく腫瘍退縮に関しては期待はずれの結果しか示されておらず、ソマトスタチン療法施行患者で腫瘍の退縮が認められたのは5% 未満であっ た。しかし、CT により病勢進行が確認された期間の後に、ソマトスタチンアナログによる治療を施行した神経内分泌腫瘍患者では、最大50% で病勢が安定することが明らかにされている3,5。ソマトスタチンア ナログは細胞増殖を抑制し、増殖因子受容体の発現を低減するとともに神経内分泌腫瘍の血管新生を阻害する。Rinke ら4 は、小腸に転移性の高分化型神経内分泌腫瘍を有する未治療患者85 例を対象に、オクトレオチドLAR 30 mg またはプラセボをCT もしくはMRI により病勢進行が確認されるまで4 週間ごとに投与し、腫瘍増殖コントロールにおける効果を検討する前向きのプラセボ対照無作為化二重盲検比較試験 PROMID 試験を実施した。その結果、病勢進行までの期間(TTP;中央値)はプラセボ群で6.0 ヵ月であったのに対し、オクトレオチドLAR 群では14.3 ヵ月であった(ハザード比0.34、95%CI 0.20 ~ 0.59、P< 0.001)。また、投与開始6 ヵ月後にSD(stable disease)を達成した患者の割合はそれぞれ37.2% および66.7% であった。オクトレオチドLAR に対する反応は、機能性腫瘍も非機能性腫瘍も同等であった。最も優れた効果が得られたのは、肝腫瘍量が低い(≦ 10%)患者と原発性腫瘍を切除した患者であった。ただし、プラセボ群で病勢進行が認められた場合はオクトレオチドLAR を含むソマトスタチンアナログ治療を受けられるなど、本試験は生存における優位性を示すデザインにはなっていなかった。Rinke らは、小腸に機能性もしくは非機能性の転移性神経内分泌腫瘍を有する患者において、オクトレオチドLAR はプラセボに比べてTTP(中央値)を有意に延長すると結論づけた。
中腸のカルチノイド腫瘍のほとんど(> 80%)は、 ソマトスタチン受容体を高密度に発現しており6、これまでに同受容体の5 つのサブタイプ(SSTR1-5)が同定されている。それぞれのサブタイプが複数の細胞内伝達経路を活性化するが、ソマトスタチンの種々 のホルモンに対する抗分泌作用は主にSSTR2 とSSTR5 によって制御されていると考えられる。一方、ソマトスタチンアナログの直接的な抗腫瘍効果(例えばオートクリンやパラクリンの合成および産生阻害、 増殖因子による分裂促進シグナルの阻害、アポトーシス誘導など) は、主にSSTR1、SSTR2、SSTR3、 SSTR5 を介している。また、ソマトスタチンとそのアナログは、血管新生を阻害することによって間接的に腫瘍増殖をコントロールする可能性もある。従来、神経内分泌腫瘍や前立腺癌、乳癌といったヒト腫瘍の腫瘍周囲には、オクトレオチド等のSSTR2 結合アナログに対して高い親和性を示すソマトスタチン受容体が過剰発現することが報告されていた7。しかし、天然のソマトスタチンは半減期が短く(< 2 分)、実診療には用いられなかった。合成オクタペプチドであるオクトレオチドとlanreotide はSSTR2 とSSTR5 に対して高い親和性を示し、ここ20 年間、実診療において使用されてきた。いずれも長期作用型製剤で、月1 回投与が可能である(サンドスタチン®、サンドスタチンLAR®、Novartis AG、スイス;Somatuline®、 Somatuline Autogel®、Ipsen Pharma S.A.S.、フランス)。オクトレオチドは、カルチノイド症候群を伴うカルチノイド腫瘍や、グルカゴノーマもしくはVerner-Morrison 症候群を伴う膵内分泌腫瘍といった機能性神経内分泌腫瘍の治療薬として世界的に承認されている。しかし、ソマトスタチンアナログの抗腫瘍効果については疑問が残されており、抗腫瘍薬としての承認はまだ得られていない。スウェーデン、米国、カナダ、ドイツといった一部の国では、非機能性腫瘍に対してオクトレオチドが医師の裁量にて使用されており、明確な抗腫瘍効果を報告している試験もある。Rinke らは、オクトレオチドLAR がプラセボに比べてTTP を有意に延長させることを示している。しかし、本試験のデザインから考えると、この無増悪生存期間の延長が全生存期間の延長につながるかどうかは確認されない。ドイツの18 施設から患者登録に関するデータが収集されていることや、その後のデータの集積に長期間(8 年)を要していることは、この稀な神経内分泌腫瘍におけるプラセボ対照比較試験実施の難しさを物語っている。本試験結果は、増殖速度が遅く(Ki-67 index < 2%)10、治療に対して腫瘍退縮よりもSD が最も得られやすい反応評価法である。中腸の高分化型カルチノイド腫瘍における抗腫瘍効果を支持するものである。Rinke らの試験の限界点として、オクトレオチドLAR 療法開始時に腫瘍増殖に関する情報が記述されなかったことが挙げられる。また、治療に良好に反応したのは、肝腫瘍量≦ 10% の患者と 原発性腫瘍を切除した患者だけであった。肝腫瘍量>10% の患者では、オクトレオチドLAR 群とプラセボ群とでTTP に十分な差がみられなかった。しかし、肝腫瘍量の高い患者数は少なく、こうした患者をプラ セボ対照比較試験に登録することの難しさを反映しているといえよう。著者らは、本試験は治癒切除後の補助療法におけるオクトレオチドLAR の使用を支持しうるものであると述べている。しかし、この点につい ては解答が得られていないため、新しい試験によって本結果を評価する必要があろう。さらに、高増殖性腫瘍の治療におけるソマトスタチンアナログの役割についても、今後検証することが望まれる。現在、非機能性神経内分泌腫瘍患者を対象にlanreotide とプラセボの効果を比較する試験が進行中であるが、同試験によりPROMID 試験の結果が確認されることが期待される。
Rinke らの結果に基づき、米国National Comprehensive Cancer Network(NCCN)はカルチノイド腫瘍の治療ガイドラインを改訂した。同改訂版では、腫瘍量が高く進行速度の速い症候性の腫瘍だけでなく、無症候性かつ切除不能の腫瘍に対してもオクトレ オチドが推奨されるようになった。同様にCanadian Neuroendocrine Tumor Network とNordic Neuroendocrine Tumor Network は、機能性および非機能性の双方の神経内分泌腫瘍の治療にオクトレオチドを含むようガイドラインを改訂した。結論として、ソマトスタチンアナログは特に高用量で用いた場合に抗腫 瘍効果を発揮する可能性があり、転移性の消化管神経内分泌腫瘍に関する治療ガイドラインの改訂は妥当といえよう。
doi: 10.1038/nrendo.2010.3