妊娠早期からのレボチロキシン用量の調整
Nature Reviews Endocrinology
2010年9月17日
Thyroid gland Early adjustment of levothyroxine treatment in pregnancy
適切な治療を受けている甲状腺機能低下症女性で妊娠が確認された場合は、レボチロキシン用量を週2回倍増にすると多くの例で妊娠第1期における母体の甲状腺機能低下症が安全に予防できることが、THERAPY 試験の研究者らにより結論づけられた。この方法は実際に最も有効な治療戦略として適用しうるだろうか。
過去に甲状腺機能低下症と診断された女性においても妊娠中の甲状腺機能が生化学的に正常に保持されれば、正常な分娩と新生児を得ることが可能である。 こうした正常な転帰は多くの場合、妊娠のごく初期からレボチロキシン用量を増量することによってのみ達成されることが報告されている。最近発表されたTHERAPY(Thyroid Hormone Early Adjustment in Pregnancy)試験4 において、妊娠中の甲状腺機能を生化学的に正常化させ、甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症のいずれのリスクも最小限に抑える有効かつ安全な治療戦略が検討された。
この10 年間に、無症候性であっても母体の甲状腺機能低下症(遊離T3 および T4 濃度は正常だがTSH 濃度が高い場合と定義)は流産や早産、胎盤早期剥離、出生児における神経発達障害の発症と関連することが報告され、妊娠期間中のレボチロキシン療法について新たな関心がもたれるようになった。その一 方、無症候症甲状腺機能低下症の診断が確定していない女性に対する一斉のスクリーニングや治療をめぐっては議論があり、現在進行中のいくつかの臨床試験による解明が待たれているが、一般的には過去に甲状腺機能低下症と診断された女性ではたとえ軽度であっても妊娠期間中の甲状腺機能低下症は避けるように努力すべきであるとされている。甲状腺機能の正常化が最も重要な期間は妊娠第1 期と考えられている。この期間は胎児の内因性甲状腺ホルモン産生が開始される前であるため、胎児と胎盤の発達は全面的に母体からの甲状腺ホルモン供給に依存している。したがって妊娠第1 期の母体の甲状腺機能が正常であれば、流産リスクを最小限にとどめることも可能である。
THERAPY 試験の研究者らは適切な治療を受けているか、もしくは妊娠前の甲状腺機能が正常であった甲状腺機能低下症女性60 例を対象に妊娠が最初に確認された時点でレボチロキシン用量を増量する2 つ の治療戦略について比較した。すなわち、妊娠前のレボチロキシン用量を週2 回倍増して投与する群(レボチロキシン29% 増量:A 群)と週3 回倍増して投与する群(同43% 増量:B 群)のいずれかに割り付 けて検討を行った。その結果、研究者らは4 週ごとに甲状腺機能検査と至適投与量の調整を行いながら、 妊娠20 週まで週2 回倍増するアプローチ法を用いることを推奨している。この治療戦略により、85% の女性で妊娠第1 期における母体の甲状腺機能低下症が予防された。また過剰なTSH 抑制のリスクも最小 限に抑えられ、血中TSH 濃度は妊娠による正常な生理的変動とほぼ同様の変動を示した。
本試験において研究者らは、遊離T4 濃度ではなくTSH濃度に基づいてレボチロキシン用量を調整した。 というのもヨード不足との関連では、TSH 濃度のほうが妊娠中の甲状腺機能状態を評価するマーカーとして感受性が高いためである。またTSH 測定は遊離T4測定にくらべ、妊娠による正常な生理的変動の影響も受けにくい。レボチロキシン用量を設定するにあたり、 本試験のプロトコールでは甲状腺機能が正常な非妊娠女性におけるTSH 濃度(0.5 ~ 5.0 mlU/L)を基準値として用いていた。そこで研究者らは第1 期0.1 mlU/L ~ 2.5 mlU/L、第2 期および第3 期≦ 3.0 mlU/Lという妊娠三半期別の基準値6 を用い、データの再解析を試みた。その結果、A 群の40% でTSH 濃度の上昇が確認され(3 分の1 以上が妊娠第1 期に発現)、同じく8% でTSH 濃度の過剰な低下( < 0.1 mlU/L 未満)が認められることが明らかとなった。 一方、B 群でTSH 濃度の上昇が生じたのは17% に過ぎなかったが、TSH 濃度の過剰な低下は26% にみられた。ただし、TSH 濃度の過剰な低下が認められた女性の多くは甲状腺癌を有しており(TSH 濃度が計 画的に基準値の低値域に維持されている)、また妊娠第1 期は健康な妊娠女性でも3% の頻度で生化学的な甲状腺機能低下が観察される時期でもある。幸いにも甲状腺機能亢進症の臨床的徴候や症状を示した女性はおらず、いずれの治療戦略も忍容性は良好であった。この三半期別の基準値を用いて試験プロトコールをデザインしているなら、TSH 濃度の低下からレボチロキシン用量の調整が行われた可能性がある。また TSH 濃度の上昇を予防することが目的であったとすれば、TSH 濃度の上昇を確認してから薬の用量を調整するのではなく同濃度が正常範囲の上限に達した時点で増量を行うべきであったであろう。これらの点を 考慮しているなら、TSH 濃度の上昇は回避できたはずである。
本試験において過去に適切な治療を受けていた女性の30% が登録時(妊娠期間中央値5.5 週)にすでに甲状腺機能低下症を発現していたことから、妊娠開始時にはサイロキシン需要が促進される重要性が改めて認識されよう。さらに、これらの女性の92% では妊娠前のTSH 濃度が2007 年のコンセンサスガイドラインの推奨値である< 2.5 mlU/L を満たしていた。つまり、妊娠前からTSH 濃度を正常範囲の低値域に維持する本治療戦略は妊娠早期の甲状腺機能低下症のみを限定的に予防するといえる。それゆえ妊娠早期からレボチロキシン用量を増量する必要性がより強調される。週の特定の日にレボチロキシン用量を倍増する方法は非常にわかりやすい。妊娠前カウンセリングを行えば、妊娠検査で陽性がでたらすぐに自分自身で治療の変更を行うことができ、受診も新しい処方箋も必要ない。西欧諸国では妊婦の多くが妊娠第1 期後半になるまで妊娠管理のために専門医を受診しないことを考えると、この簡便さは重要である。
妊娠中数ヵ月にわたって母体の遊離T4 濃度が上昇し続けると、胎児発育が遅延すると考えられている。 しかし大規模な後ろ向き試験の結果では、無症候性甲状腺機能亢進症による有害な分娩転帰の増加はみられていない。よって妊娠中における一過性の弱い甲状腺機能中毒症によるリスクはおそらくわずかであり、 TSH 減少のほうがTSH 上昇よりも容認できる。すなわち、妊娠前のTSH 濃度が1.5 mIU/L 未満を示すリスク因子をもたない女性や、妊娠前のレボチロキシン用量が100μg/ 日以上の女性においては用量を週3 回倍増する戦略のほうが週2 回倍増法よりも好ましい可能性がある。
妊娠中のT4 需要の亢進を前提としたレボチロキシン療法では、甲状腺機能の定期的なモニタリングが不可欠である。本試験においてさらなる増量を要した女性の割合はかなり多く、一方減量も頻繁に認められた。 用量の増減はほぼ半数の女性で行われており、妊娠第1 期に行われた例もあった。4 週ごとの甲状腺機能検査を妊娠20 週まで継続すれば、TSH 濃度の異常は90%以上検出できよう。こうした甲状腺機能検査は、 ルーチンの妊婦検診と一緒に行うことができる。妊娠確認後ただちに妊娠管理を行う場合、最初に受診するのはおよそ妊娠6 ~ 7 週で、10 ~ 12 週には妊娠日の特定のための超音波スキャンが行われ、15 ~ 16 週には(希望により)ダウン症スクリーニングのための血清検査、20 週には中期の胎児奇形検査が行われる。 一方、妊娠第3 期後半における甲状腺機能を生化学的に正常に維持することも重要である。つまり、妊娠36 週の時点でTSH 濃度が正常範囲の上限にあると満期骨盤位の頻度が増加し8、また遊離T4 濃度が低いと児頭回旋異常が生じ器機を用いた分娩や帝王切開の頻度が増える9 ことが報告されている。そのためTHERAPY 試験では妊娠30 週の時点でしか甲状腺機能検査が行われていないが、妊娠28 週と34 週に甲状腺機能検査を2 回実施するほうが有用かもしれない。妊娠第3 期にさらなる用量調整が必要であることを示した試験もあることから、その有用性は高いといえよう。
結論としてTHERAPY 試験により、甲状腺機能低下症女性においては妊娠早期からレボチロキシン用量を調整するための簡便かつ効果的なアプローチ法が示された。非妊娠女性の基準値を用いたため過度に慎重 なプロトコールとなってしまった欠点はあるものの、 その後、三半期別の基準値を用いて再解析したことにより診療指針における非常に有用な情報がもたらされた。レボチロキシン用量を週2 回倍増する戦略は、 すべての甲状腺機能低下症女性に対して安全に適用可能である。同用量を週3 回倍増する積極的な治療法は、 TSH 抑制によるリスクが高くない女性に対しては適用されよう。またルーチンの妊婦健診時には、三半期別の基準値を用いてこれらの治療戦略を再評価することが望まれる。本治療戦略は甲状腺ホルモン依存性の 重要な発育プロセスが起こる妊娠期のきわめて重大な段階から考慮することができ、母体の甲状腺機能低下症に関連した合併症の発症メカニズムの理解が進めば治療法の改良も可能となろう。
doi: 10.1038/nrendo.2010.149