閉経後ホルモン療法:リスクとベネフィットの再評価
Nature Reviews Endocrinology
2010年11月23日
REPRODUCTIVE ENDOCRINOLOGY Postmenopausal hormone therapy risks versus benefits reassessed
最近、米国内分泌学会により閉経後ホルモン療法に関する共同声明が発表され、過去のエビデンスに基づいて閉経後早期の女性に対するホルモン療法のリスクとベネフィットを予測することの危険性が提起された。しかしこの声明は、ホルモン療法のリスクとベネフィットに対する臨床医の認識を飛躍的に変化させるであろうか。
Women’s Health Initiative(WHI)のホルモン療法に関する研究は、この分野では最大規模、かつおそらく最も多額の費用をかけた研究といえよう。これまでに閉経後ホルモン療法が心血管疾患(ベネフィット)および乳癌(リスク)に及ぼす真の影響を評価することを目的に、エストロゲン単独療法とプラセボ、もしくはエストロゲン+プロゲスチン併用療法とプラセボを比較検討する2 件の大規模無作為化対照比較試験が実施されている。ところが2002 年にエストロゲン-プロゲスチン試験1 の結果が記者会見で発表されると、大変な事態が生じた。ホルモン療法のリスクがベネフィットを上回るというニュースが、世界中の何百万人もの女性に動揺を与えたのである。多くの女性がかかりつけ医に問い合わせたが、医師らのほうは試験結果1 に対するメディアの注目と鳴りやまない電話の音に困惑するばかりであった(みな正確な研究データを手に入れていなかった)。満足のいく対応が得られなかった女性らは自らホルモン療法を中止し、その結果、更年期のホットフラッシュ、不眠、寝汗、骨量低下、膣の乾燥、性交疼痛(痛みを伴う性交)の悪化を招いた。閉経後ホルモン療法に関する米国内分泌学会声明を発表したSanten ら2 は、WHI の研究結果に加え、最初の研究3 が報告される以前に用いられていたホルモン療法の基準に従って積極的な治療を最長5 年間受けていた閉経後早期(< 10 年)の女性にも焦点を当てた。著者らは公正かつ偏りのない方法でこのテーマに取り組み、500 報を超える適切な参考文献によって声明を裏づけている。これは「1 つの研究によって真実が独占されることはない」というモットーのもとで自身の研究を実証した故Dr. Trudy Bush の所産といえよう。Santen らは高い脱落率、対象女性の代表性の欠落、過去のホルモン療法による修飾作用を理由に、WHI の「エビデンスの質」を無作為化試験よりも低く判定した。
Santen らは、ホルモン療法の主なベネフィットはホットフラッシュの軽減と泌尿生殖器萎縮症状の緩和にあり、一方、同リスクには静脈血栓症エピソード、脳卒中、胆嚢炎が含まれることを明らかにした。50 ~ 59 歳の女性または閉経後10 年未満の女性では全死亡率や冠動脈疾患リスクの低減といったベネフィットが得られことも報告されているが、そのエビデンスレベルはホットフラッシュの軽減または症状緩和のエビデンスに比べて低かった。また同患者群ではエストロゲン+プロゲスチン併用療法により乳癌リスクが上昇したが、エストロゲン単独療法によるリスク上昇はみられなかった。
本共同声明の強みの1 つとして、いわゆる「タイミング仮説」、すなわち最終月経期におけるホルモン療法開始のタイミングと、このタイミングが心血管疾患および乳癌の治療転帰に及ぼす影響が検討されてい る点が挙げられる。これらの評価項目はきわめて重要である。ホルモン療法に伴う心血管疾患リスクの評価は、WHI 研究の主要な目的であった。一方、乳癌リスクは女性がホルモン療法を受けるかどうかを決定す るうえで最も重要な因子となりうる。WHI 研究では、これらの評価項目によってエストロゲン+プロゲスチン療法の早期中止が決定された。皮肉にも、エストロゲン欠乏期後の「晩期」にエストロゲンを投与すると心血管リスクは上昇するが、乳癌リスクは低下する。Santen らは今回の共同声明や他の論文4 においてこうしたエストロゲン療法の重要かつ新たな乳癌抑制効果について報告しているが、それに対する十分な考察は行われていない。エストロゲン療法は平均的なリスクを有する同年代の女性においてラロキシフェンと同等の乳癌リスク低減効果を示し5、またアロマターゼ阻害薬抵抗性乳癌に対しても有効であることが示唆されている6 ことを鑑みれば、エストロゲンのアポトーシス促進作用についてさらに幅広い議論を行うことが適切であったと思われる。
ホルモン療法の最新情報に詳しくない人が本共同声明を読めば、糖尿病と骨粗鬆症予防(椎体および非椎体骨折の減少など)においてベネフィットが認められたことに嬉しい驚きを感じるかもしれない。ただし、これらの疾患予防においてエストロゲン療法およびエストロゲン+プロゲスチン併用療法が用いられることは今ではほとんどなく、もはや他の治療法に置き換えられている。骨粗鬆症の有無によって選定されていない集団を対象に大腿骨近位部骨折の予防効果が示された治療法はなく、このように忘れ去られていた治療法によるベネフィットを論じるには大きな不安を覚える。
2002 年にホルモン療法を中止したほとんどの女性にとって、Santen らの声明発表は遅すぎるものであった。これらの女性においてホルモン療法は再開しうるのか、もしくは再開すべきなのかという問題は十分に検証されていない。2000 年以降に閉経を迎えた女性または現在60 歳未満の女性では、ホルモン療法により症状の緩和または骨量低下予防のベネフィットが得られる可能性がある。60 歳以上の女性におけるホルモン療法については慎重に検討する必要があるが、非経口エストロゲン療法によって心血管および血栓塞栓症リスクがある程度軽減されることを示唆する報告もある。しかし、経口および非経口ホルモン療法のリスクはどの程度差があり、またどの程度差が生じうるのかについてはまだ明らかにされていない。Santen らは投与経路が血栓性および血栓塞栓性合併症リスクに及ぼす影響について検討し、経皮エストロゲン療法よりも経口エストロゲン療法で静脈血栓症イベントリスクが上昇することを示した。
本論文の唯一最大の欠点は、WHI の最初の報告後におけるホルモン療法の減少が米国国立癌研究所のSurveillance Epidemiology and End Results(SEER)データベースで確認された乳癌症例の減少(6.7%)につながったと結論づけたい誘惑に、著者らが(他の研究者らと同様に)屈したことである。SEER データベースなどによる観察データは、因果関係を証明するものではない。そもそもWHI による無作為化試験実施の必要性は、ホルモン療法が心血管疾患に影響を及ぼす可能性を示唆する観察データによって正当化されていた。その試験結果が、観察データ(SEER)における変化を説明するのに利用されるとは皮肉なものである。
閉経後ホルモン療法に関するSanten らの声明は、科学、政治、シンタクス、控えめな表現の最高傑作といえよう。Santen らは、始めから終わりまで参考文献を満載した作品を作り上げ、声明文が検討した実際の文献から得られた臨床結果から逸脱しないよう一字一句慎重に選択している。とはいえ、こうして批判的コメントを連ねているが、それでもこの卓越した研究の有用性が損なわれることはないであろう。Santen らは自分達の偉業に対しても、ホルモン療法のリスクとベネフィットに対する認識に飛躍的な変化をもたらす科学的知見に対しても、いたって冷静である。また著者らは将来の展望を示そうと試みているが、代替療法との比較が行われていないため不十分なものにとどまっている。一方、Hodis9 はホルモン療法のリスクとベネフィットを他の治療法、すなわち心血管疾患に対してはスタチン療法、乳癌に対してはラロキシフェンと比較しながら展望を述べている。
最後に、心理学者と精神科医は、変化を生じさせるためには治療同盟(therapeutic alliance)によるアプローチ法が不可欠であると教えられる。この治療同盟には患者の感情体験と、それに共感してかかわる医師の能力が必要となる。しかし、それ以外の状況ではむしろtherapeutic detachment によるアプローチ法を用いるほうがよい10。ホルモン療法に関して現在繰り広げられている議論は、まさに共感を必要とする状況といえよう。Santen らの声明は科学的には妥当であるが、あまりにも感情を欠いている。さて記者会見は行われないものか。
doi: 10.1038/nrendo.2010.191