肥満治療薬の将来:今後の先行き
Nature Reviews Endocrinology
2011年1月24日
OBESITY IN 2010 The future of obesity medicine where do we go from here?
外科的治療よりも広く利用可能な,安全かつ効果的な抗肥満療法が必要とされている。それにもかかわらず,2010 年,FDA は新規薬剤2 剤に反対票を投じ,別の1 剤の承認を取り下げた。これらの開発中の薬物療法が苦戦をしている一方で,肥満治療に対する様々な生物学的標的が多くの研究で示されている。
2010 年は,FDA が同年の間に3 種の抗肥満化合物に対して投票を行った最初の年となった。実際には,これら3 種の抗肥満化合物のうちlorcaserin およびphentermine とtopiramate の合剤の2 種についての新薬承認申請はFDA の内分泌・代謝用薬諮問委員会(Endocrinologic and Metabolic Drugs Advisory Committee:EMDAC)によって却下された。残る bupropion とnaltrexone の合剤はEMDAC から好評を得,委員20 名のうち13 名が承認を勧告した。この有望な進展にもかかわらず,最近,FDA 承認肥満治療薬の1 つであるsibutramine が欧米市場から撤退し,薬物療法の利用可能性と,着実に上昇している肥満とその併存疾患率とのギャップの拡大をもたらしている。
中枢性ノルエピネフリン,セロトニンおよびドーパミン再取り込み阻害剤であるsibutramine は,心血管リスクが高い患者において,食事療法と運動を組み合わせた場合の,安全性と有効性を調査したSCOUT 試験(Sibutramine Cardiovascular Outcome Trial)の結果を受けて撤退した(表1)1。6 週のlead-in 期間に,全被験者が減量プログラムを行うと同時にsibutramine を投与され,その後,sibutramine(n = 4,906)またはプラセボ(n = 4,898)に無作為に割りつけられた。非致死的主要転帰イベント(非致死的心筋梗塞,脳卒中または心不全後の蘇生)発症リスクはsibutramine投与群で11.4%,プラセボ群で10.0%であった(ハザード比1.16,95% CI 1.03–1.31;P = 0.02)1。治療群で心血管系死亡率と全死因死亡率が上昇しなかっ た点に注目すべきである。
SCOUT 試験で認められたリスク上昇については,臨床医2 および規制当局によって熱心に検討された。しかし,2 型糖尿病(T2DM),既存の心血管疾患,またはその両方の,3 つの心血管リスク群の分析により,非致死的主要転帰イベントの上昇を認めたのは心血管リスクが最も高い患者群,すなわちT2DMを有する患者および併存心血管疾患を有する患者においてのみであったことが示された。一方で,sibutramine が目標とする適応症である心血管疾患のないT2DM 患者では,多くの試験で,プラセボ群に比較してイベントリスクの上昇を認めず,死亡率は低下しており,また, 心血管イベントリスクが最も高い患者においても,イベント発生率に対する全般的な減量効果を認めた。 臨床上の問題は,sibutramine による減量が,心血管イベントリスクを上昇させるのか,あるいは低下させるのかということである。SCOUT 試験のように,全被験者が無作為化前に少なくとも6 週間実薬を投与されていた場合,いかにしてこの問いに答えられるのであろうか。この方法では「プラセボ」群および sibutramine 継続投与群の両群で減量効果が維持される結果となった。加えて,SCOUT 試験の被験者は,体重が減量したか否か,また血圧や脈拍の有害な変化の有無にかかわらず薬剤の投与を受けた。
被験者集団の一部は薬剤の適応症例ではなかったこと,プラセボ群が減量達成のために薬剤を投与されたこと,適応症に近い患者群では死亡率に有効性が示され,奏効患者を分けて分析した場合にその有効性は更に高まる傾向があったという事実を踏まえると,SCOUT 試験の結果を受けて,欧米市場からsibutramineを撤退させるという決定は驚くべきことであった。SCOUT 試験をより慎重に検討することで, sibutramine を市場から撤退させるという決定に疑問符がつくのは明らかである。
Sibutramine の公聴会が行われた翌日,EMDAC は肥満治療に対する5HT2C 作動薬lorcaserin の承認に反対票を投じた。過体重または肥満患者3,182 例を対象としたlorcaserin の第III 相プラセボ対照試験(表1)4 では,1 年後に体重が5% 以上減量したのは,lorcaserin 投与群で47.5%,プラセボ群20.3%,プラセボの効果を差し引いた減量は平均3.6%(P < 0.001) であった4。Lorcaserinで最もよく見られた有害事象は,頭痛,目眩,悪心などであった。しかし,lorcaserinが有効性に関してFDA のガイドラインに適合するにもかかわらず,主に前臨床毒性研究で乳腺腫瘍および星細胞腫の増加が示されたという結果に基づき,本剤の承認は拒否された。以降,これらの試験でFDA が指示したlorcaserin の用量は毒性範囲であり,したがっ て試験結果は無効であると示唆している研究者もいる。さらに,FDA の委員会の委員は,十分な情報に基づき判断が下せたであろう毒物学専門家の助言を受けていなかったこと,また,反対票を投じる以外に選択肢がほとんどなかったとコメントした。注目すべきは,第III 相試験では,いかなるタイプの腫瘍の発生率増加エビデンスも認められなかったことである。
2010 年7 月EMDAC は,FDA 承認薬であり1959年から市販されている交感神経様作用薬phentermineと1996 年から市販されている抗てんかん薬topiramateを併せた放出制御製剤の評価も実施した(表1)。特筆すべきは,2009 年に両剤はそれぞれ単剤で600 万回を超える処方がなされており5,phentermine は短期(≦ 3 カ月)肥満治療薬として承認されている。詳 細な考察については論文審査待ちの状態にあるが,第III 相試験のデータはFDA の公聴会で提示された。Phentermine とtopiramate を併せた放出制御製剤による,プラセボの効果を差し引いた減量は,全量投与群で8.6%,中用量投与群で6.6% であった。有効性が適切な程度認められ,心血管代謝危険因子の広範な改善を認めたにもかかわらず,EMDAC は,奇形発生,鬱,および心臓への未知の影響などを含む,長期的な有害事象の可能性についての疑問を理由にphentermineとtopiramate 製剤を承認しなかった。審査完了報告通知の中で,FDA は製薬会社に対して,当該薬剤 が出生異常を引き起こす可能性についての総合的な評価を実施し,薬剤が主要な心血管有害事象リスクを高めることがないという証拠を示すことを求めた。加えて,FDA は製薬会社に,減量の維持と有害事象プロファイルに変化がないことを示す,2 年間の調査結果を提出することも求めた。
ドーパミンとノルエピネフリン再取り込み阻害剤bupropion と麻薬拮抗薬naltrexone を併せた徐放性製剤が,1999 年以降FDA で承認される最初の減量薬になると考えられる。Naltrexone は,オピオイド依存症およびアルコール依存症治療薬としてFDA で承認されており,bupropion は鬱と禁煙療法薬として承認されている(表1)。第III 相試験の主要転帰は,プラセ ボとの比較による高用量および低用量のnaltrexone +bupropion の減量に対する効果であった。56 週時のプラセボの効果を差し引いた減量は,高用量で–4.8%,低用量で–3.7% であった。FDA による最終決定は2011 年7 月以降になると思われるが,FDA は通常通り諮問委員会のガイダンスに従っているので,当該製剤は承認されると推測される。Bupropion とnaltrexone を併せた徐放性製剤については,13 対7 でEMDAC委員の承認賛成が多数である。
歴史的に見て,1990 年代に心臓弁膜症によりfenfluramineとdexfenfluramine 製剤が排除されたことに示されるように,安全性の問題は減量薬の使用に付随してきている。結果として,規制当局にとって安全性が最大の懸案事項である。薬剤が意図しない患者に悪影響を及ぼす可能性があるという理由で,多くの患者に有益であるかもしれない薬剤の利用可能性を阻んでいるのだろうか。悪影響を受けるリスクのある患者を特定し,恩恵を受けるだろう患者に薬剤の利用を限定することはできないのだろうか。
薬剤は,診断が確定した,高リスク患者集団に対し,リスク対効果比が優れていると考えられる服用者の基準を設けた上で,最初に承認することが可能である。この方法は,最初に処方権を当該薬剤の使用について特定の訓練を受けた医師および/または肥満治療薬の新たな特殊性について特定の訓練を受けた医師に限定することで実施可能である。利用状況,ひいては有効性や有害事象についての監視には,専門の薬局またはインターネットを基盤としたデータ収集や報告ツールの利用もでき,これにより大規模患者集団における新規薬剤の早急な評価が可能である。これらのツールは,臨床試験で広く用いられており,FDA の承認直後に開始し,適切な患者集団を対象に実施される,補足のアウトカム調査に適応させることもできる。
肥満率の高さと,食事療法と運動の有効性の低さを鑑みると,有効な新規治療法の必要性がある。現在利用可能な薬剤は2 種のみなので,2010 年のFDA の決定は,肥満治療のための薬物療法の装備拡大のために極めて重要である。2 種の薬剤のうちの1 つは消化管副作用に関連する膵臓および腸リパーゼ阻害剤orlistatで,もう1 つは短期使用でのみ承認されているphentermine である。
2010 年12 月,FDA の委員会が,以前よりも適応症を拡大し,併存疾患がないBMI 35 ~ 40 kg/m2 の患者,および併存疾患のあるBMI 30 ~ 35 kg/m2 の患者の肥満治療に対する,腹腔鏡下胃緊縛術を承認した。この,適応症を拡大した腹腔鏡下胃緊縛術の承認は,医療制度の負担となる深刻な慢性疾患として肥満を認識する上で重大な転機となる。その翌週にFDA の諮 問委員会が新たな医療選択肢としてnaltrexone-bupropionを承認したのは,おそらくこの認識に応じてのことだと考えられる。外科的選択肢は喜んで受け入れるが,それが唯一の治療選択にはならないという現実を評価する。新世代の肥満治療薬なしに,肥満の蔓延と,その関連医療費に大打撃を与えることは困難であろう。
doi: 10.1038/nrendo.2010.231