糖尿病ケアにおける治療目標値の個別化
Nature Reviews Endocrinology
2011年1月24日
Type 2 diabetes mellitus in 2010 Individualizing treatment targets in diabetes care
ほとんどの2 型糖尿病患者は血糖値、血圧、脂質値がコントロールされておらず、現行のガイドラインで設定されている目標値を達成するために苦しんでいる。2010 年には、ACCORD 試験のサブグループ解析において個々の患者に対する個別化治療の必要性が強調された。
2 型糖尿病(T2DM)患者数は世界中で2 億8500 万人に及ぶ。その数は2030 年までに4 億3900 万にのぼると予想されており、糖尿病治療コストに関わる医療システムを脅かしかねない。糖尿病患者において不健全率と死亡率の上昇をもたらす主な原因は心血管疾患である。2008 年に発表された心血管予後に関する3 件の大規模試験、ACCORD(Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes)、ADVANCE(Action in Diabetes and Vascular Disease Preterax and Damicron Modified Release Contorolled Evaluation)、 VADT(Veterans Affairs Diabetes Trial)の初回解析結果は糖尿病治療の根幹を揺るがすものであった。というのも、いずれの試験においても心血管予後に対する強化血糖コントロールの実質的な効果が明らかにされなかったためである。さらにACCORD とVADT 試験の結果では、強化血糖コントロールにより死亡率が上昇する可能性さえ示唆された。糖尿病における血糖コントロール、さらには脂質および血圧に関連した合併症の管理において、これまではいささか画一的 なアプローチ法が提唱されてきた。今回T2DM分野で2010 年における重要な発表を取り上げるよう求められたことから、糖尿病治療において治療目標値を個別化する必要性を明らかにし、その概念を広めたACCORD 試験のサブグループ解析について概説する。
2010 年5 月にRiddle らは、治療期間中の HbA1c 値と死亡率との関連について検討したACCORD 試験の疫学的解析結果を発表した2。ACCORD 試験では、 心血管疾患の既往もしくはリスクを有するT2DM患者10,251 例が組み入れられた。被験者[平均年齢62 歳、 T2DM罹患期間(中央値)10 年、HbA1c 値(中央値)8.1%]は、血糖コントロールの目標値を強化した群(HbA1c 値< 6.0%)と、標準的に設定した群(HbA1c 値7.0 ~ 7.9%)のいずれかにオープンラベル法にて割りつけられた。中央値で3.4 年間の追跡期間後、強化血糖コントロール群ですべての原因による死亡率が有意に上昇したことから[患者・年あたり1.4% vs 1.1%、 ハザード比(HR)1.22、P = 0.04 ]、独立データモニタリング委員会の勧告に従い、同群の被験者は標準療法群へとクロスオーバーされた。
重度の低血糖、体重増加、個々の薬剤の種類や併用状況、用量などについてすべて検討を行ったが、死亡率上昇に関わる原因は特定されなかった。達成されたHbA1c 値が標準的な目標値である7% を下回ったために死亡リスクか上昇したのか、あるいは血糖値の急速な低下が原因であったのか、という具体的な疑問は残されたままであった。強化療法群では、ベースライン特性により補正後の死亡リスクがHbA1c 値6 ~ 9% の範囲でほぼ直線的に上昇していた。ただし、血糖値の急速な低下が死亡率の上昇と関連することを示すエビデンスは認められなかった。さらに、治療期間中の 平均HbA1c 値が> 7% に達した場合にのみ、強化療法群で死亡率が上昇していた。これは、治療期間中のHbA1c 値が低いことよりも、強化療法を行っているにもかかわらずHbA1c 値を> 7% に維持させる要因のほうが、死亡率上昇と強く関連している可能性を示唆している。こうした要因には心理社会的問題や認知障害、 重篤な併存疾患、低血糖、インスリン抵抗性、治療アドヒアランスの問題などが含まれるのではないかという憶測も根強い。
2010 年6 月にACCORD 試験の研究者らは、本試験患者を対象に血圧または脂質の強化コントロールについて検討した別の2 件の無作為化試験、ならびに微小血管予後について評価したサブ試験の結果を報告した。ACCORD-BP 試験では、目標収縮期血圧値を< 120 mmHg もしくは< 140 mmHg とした場合の効果が評価された3。両群間の血圧値の差は14 mmHg に達したが( 強化療法群119.0 mmHg、標準療法群133.5 mmHg)、主要評価項目である初回心筋梗塞、脳 卒中、または心血管関連死亡による複合エンドポイントの発現については有意差がみられなかった。脳卒中の発現については有意な低下(HR 0.59, P = 0.01)が認められたものの、5 年以上にわたり脳卒中予防に必要な患者数(the number needed to treat)は89 例であった。最も興味深い点として、ベースラインのHbA1c 値が≦ 8% であった患者、および標準血糖コントロール群に割りつけられた患者で強化血圧コントロールによる有益性がみられたことを考えると、血糖値に関するベースライン特性によって治療効果が異なる可能性が示唆される。糖尿病患者の多くがHbA1c 値< 8% を示す米国では、目標血圧値をより低く設定することによって多くの患者でベネフィットが得られる可能性がある。
ACCORD-Lipid 試験4 では、標準的な目標LDL コレステロール値を維持するためにシンバスタチン20 ~ 40 mg を投与されているT2DM 患者を対象に、フェノフィブラートまたはプラセボの効果が検討された。本試験では、スタチンとフィブラート系薬を併用するとLDL 低下療法のみを用いた場合に比べて心血管イベント発現数が低減すると仮定されたが、大血管イベントに関する主要および二次エンドポイントのいずれにおいても有意な差は観察されなかった。ただしサブグループ解析において、男性では有益だが女性では有害な可能性があることが示され、性別による治療効果の違いが示唆された(P = 0.01 for interaction)。さらに同研究者らは、脂質プロファイルによる相互作用が認められる可能性も見出しており、ベースラインのトリグリセライド値が最大三分位数の範囲の患者、および同HDL コレステロール値が最小三分位の範囲の患者の双方で効果が得られる傾向がみられた(P = 0.057 for interaction)。
ACCORD-Eye サブ試験5 では、ACCORD 試験開始4 年時点で糖尿病性網膜症進展の評価を行った2,856 例を対象に、主要な微小血管イベントの発現率が検討された。糖尿病性網膜症の進展は、7 方向の立体眼底写真により進展が確認された場合、もしくはレーザー光凝固術または硝子体切除術を要する糖尿病性網膜症が発現した場合として定義された。糖尿病性網膜症の進展は強化血糖コントロール群および強化脂質コントロール群では有意に抑制されたが、強化血圧コントロール群では抑制がみられなかった5。その他の微小血管イベントについては、強化血糖コントロールに関して評価した別の論文で報告されている6。本研究では、 強化血糖コントロールにより腎不全の発症、血清クレアチニン値> 291.7 μ mol/L への上昇、網膜光凝固術または硝子体切除術の施行といった微小血管疾患の進行リスクは抑制されないものの、蛋白尿や眼合併症、神経障害の兆候の発現は遅延することが示された。試験終了時には、13 項目の微小血管エンドポイントのうち6 項目が強化血糖コントロール群で改善していた。
ACCORD、ADVANCE、VADT 試験後に発表された、糖尿病学会と循環器病学会による共同のコンセンサス声明1 では、糖尿病において微小血管合併症をコントロールするための目標HbA1c 値は< 7% が妥当で あると結論づけられた。この勧告は、ACCORD の微小血管予後に関する解析によっても支持されている。さらに両学会では、特にT2DM罹患期間が短く、 余命が長いと考えられ、明らかな心血管疾患を有さない患者で、低血糖およびその他の有害作用が回避される場合は、同目標値をより低く設定できる可能性についても提起している。逆に、例えば重度の低血糖歴がある、余命が短いと考えられ、広範な併発疾患を有する、 もしくは糖尿病自己管理教育を受けており、適切な血糖モニタリングやインスリンを含む複数の血糖降下薬を用いているにもかかわらず、標準的な目標値を達成できない糖尿病が長期に持続している患者などでは、 目標値をあまり厳格に設定しないほうが妥当であることも提唱している。こうした目標HbA1c 値の個別化はサブグループ解析に基づいて提起され、Riddle の報告によって支持されている。
より個別化された治療アルゴリズムの導入は医療従事者、さらには医療保険会社や国の医療制度などによって医療業務を評価する立場にとっても困難な課題となろう。しかし本稿で取り上げた研究からは、血糖値の正常化を図るための治療と併せて、心血管疾患を呈する前の早期のT2DMに本疾患を検出するスクリーニングを行うことを、微小血管および大血管合併症の予防を目的とした血糖コントロール戦略の主眼とすべきであることが示唆される。そしておそらく糖尿病の経過の後半には、より低く設定した目標血圧値の達成に重点をおきながら、目標血糖値を緩和できる可能性がある。スタチンによるLDL コレステロール管理は心血管疾患の一次予防および二次予防において有効であることが示されているが、トリグリセライド値が高い(> 2.3mmol/L)、もしくはHLD コレステロール値が低い(< 0.9 mmol/L)患者ではフィブラート系薬の使用も考慮されよう。今後は、より早期の治療を可能とする強力なスクリーニング法と診断法7、さらには体重増加や重度の低血糖を引き起こすことなく良好な血糖コントロールをもたらしうる特定の併用療法を検討する試験8 が数多く実施されると予想される。また、より長期に及ぶACCORD試験の解析結果が発表されれば、糖尿病患者の血圧および脂質コントロールの個別化における微妙な差異を明らかにする知見が提供されよう。
doi: 10.1038/nrendo.2010.230