Research Highlights

脳をめぐって迷走するタウ蛋白

Nature Reviews Neurology

2009年8月1日

Alzheimer disease Tau wanders around the brain

マウスでの研究では、変異型タウ蛋白によって野生型タウ蛋白が線維を形成し、脳内のその周辺領域に同じ現象が拡散することがある。「この拡散過程はアル ツハイマー病(AD)などのさまざまなタウオパチーの通常の進行過程で観察されるものと非常によく似ている」。これは統括著者であるUniversity of Base(l スイス)のMarkus Tolnay のコメントであるが、Tolnay は次のように強調する。「これは断じてAD が伝染性でヒトからヒトへと伝播し得るという意味ではない。」

神経細胞のタウ封入体はAD と密接に関連しており、ピック病や進行性核上性麻痺、脳皮質基底核変性症などの他の神経変性疾患でも同様である。Florence Clavaguera らは、ヒト由来のPro301Ser 変異型タウ蛋白を発現するトランスジェニックマウスの脳抽出物を調製し、神経細胞内でのタウ線維の蓄積に関連する神経変性の明らかな徴候を示した。脳抽出物を希釈し、 ヒト野生型タウ蛋白を発現するレシピエントであるALZ17 マウスの海馬と大脳皮質に注射した。6、12、15 ヵ月後、免疫電子顕微鏡を用いて、Gallyas–Braak 銀染色を行いタウ線維特異的な抗体AT100 による免疫活性を調べたところ、レシピエントマウスで細胞内にタウ線維が構築されているのが認められた(図1)。 さらに時間が経過すると、これらの線維は注入部位だけでなく、脳内の周辺領域においても認められた。

「これは非常に重要な研究である。この『誘導可能なタウ線維構築』過程は、α‐シヌクレイン、β アミロイド、プリオン粒子などでもみられる。われわれはこれを表現するために『permissive templating』という用語を提案した」と、University College London Institute of Neurology のJohn Hardy はコメントしている。タウ蛋白でpermissive templating が生じることが示されれば、疾患が進行する間にどのようにタウ蛋白が脳細胞間を伝播するのかを解明するのに役立つであろう。「これまでの研究では、細胞内で何が起こっているのか、たとえば過剰リン酸化タウ蛋白が微小管から切り離され、ミスフォールドが生じて凝集する、といったことに焦点が当てられてきた。これからは、細胞から細胞へ、どのようにタウ蛋白が細胞間を移動するかという病理過程を調べなくてはならない」 と、もう一人の統括著者であるMedical Research Council Laboratory of Molecular Biology(ケンブリッジ)のMichel Goedert は指摘する。Hardy も「脳内にタウ蛋白の病理変化が拡散する際にかかわる分子種の解明」が必須であることに同意している。

Goedert は、タウ蛋白が細胞外に出て他の細胞に取り込まれる機構を研究することにより、「細胞外のタウ蛋白を除去する、病的タウ蛋白の放出や取り込みを阻止する」など、治療方法のための新しいポイント が数多く示されるだろうと確信している。University of Pennsylvania School of Medicine、Alzheimer Disease Core Centre(フィラデルフィア)のJohn Trojanowski は、AD や他のタウオパチー、神経変性脳アミロイドーシスなどの病因を、われわれがどのように考えるかについて、今回の研究には重要な意味があることを強調している。「今回の研究により、いくつかの重要な問題に答える新しい研究の道筋も示されるだろう。たとえば、なぜ、タウオパチーにおけるタウ線維は神経細胞の中で凝集し、周囲のグリア細胞や脳内にあれだけ多く広がっている血管の内 皮細胞では凝集がみられないのか、などである」と、 Trojanowski は説明している。

Tolnay は、今回の結果は他のマウスモデルで確認する必要があると断りを入れている。彼は「タウ蛋白に対する免疫療法がわれわれのモデルで有効であれば、それもまた興味深いことである」と示唆している。 不溶性のタウ蛋白のどの部分が、脳のある部位から他の部位へと拡散するタウ蛋白の病理に関わるのか、それを分析する計画が練られている。「水溶性タウ蛋白がほとんど影響しないことはわかっているが、拡散にもっとも深くかかわるのはどの配座異性体か調べる必要がある。in vitro で作ったタウ線維がこの研究に有用かもしれない」と、Tolnay は説明している。他にも興味深い疑問がある。他の非変異型のタウオパチー、 たとえばAD やピック病、進行性核上性麻痺などにおけるタウ線維も、ヒト野生型タウ蛋白を発現するレシピエントマウスでみられたような、タウ蛋白線維化の病理を誘導するのか。また伝播や拡散において重要なプリオン株とタウ蛋白アイソフォームとの間には類似点が存在するのか。これに関してTolnay は「これらの疑問に答えるためにわれわれが行う実験はやはりすべて、タウオパチーの進行を阻止するための新しい治療選択肢を見つけることを目標とすべきだと考えている」と締めくくっている。

doi: 10.1038/nrneurol.2009.110

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