多発性硬化症:TNFRSF1A 、TRAPS および多発性硬化症
Nature Reviews Neurology
2009年10月1日
MULTIPLE SCLEROSIS TNFRSF1A, TRAPS and multiple sclerosis
ゲノムワイド関連研究により、TNFRSF1A 遺伝子のR92Q 変異体が多発性硬化症の新たな感受性遺伝子座として特定された。多発性硬化症の症状に加え自己炎症性症候群TRAPS に一致する症状も示す患者群においてR92Q 置換が検出されているため、この遺伝子座は特に興味深い。
多発性硬化症(MS)は不均一な疾患であり、そのリスクには多様な遺伝的要因が影響を及ぼす。ゲノムワイド関連研究およびその経路指向型解析などの新しいアプローチにより、MS の遺伝的制御の複雑性 に新たな洞察が加えられた1-3。主要組織適合遺伝子複合体(MHC)遺伝子との間にみられる関連は十分示されているが、最近のゲノムワイド関連研究では、それに加えてMHC 非関連型のMS 感受性遺伝 子座がいくつか提唱されている。その例としては、サイトカイン受容体であるインターロイキン2 受容体(IL-2RA)およびインターロイキン7 受容体(IL-7RA)をコードする遺伝子などがあげられる。De Jager らは、MS 患者2,624 例および対照7,220 例を対象としたゲノムワイド関連研究のメタアナリシスにおいて、3 つの新たな免疫‐機能関連感受性遺伝子座として、TNFRSF1A、CD6、インターフェロン応答因子8(IRF8)を報告した。この結果は、独立したMS患者および対照例を対象とした追試により、妥当性が確認されている。
腫瘍壊死因子(TNF)受容体TNFR1 をコードするTNFRSF1A 遺伝子座とMS との間に新たに報告された関連は、きわめて興味深い。TNF シグナル伝達経路が、MS の免疫病原性において複雑かつおそらく 多面的な役割を持つことが、動物実験および臨床試験の両方で示唆されている。MS 患者の一部で、臨床上およびMRI での疾患活動性と血清および脳脊髄液のTNF 濃度との間に関連がみられることを示した 研究もある。また、TNFR1 はCNS 由来リンパ球のクリアランスに関与すると考えられ、MS 患者を抗TNF 抗体またはTNFR1-IgG 融合蛋白質により治療すると、脱髄性病変が悪化し臨床的発作が起こること を示した研究もある。クローン病および関節リウマチなど、MS 以外の自己免疫疾患は抗TNF 薬により効果的に治療できるが、前述の観察結果から、MS においてはTNF 活性が有益な効果だけでなく有害な影 響も示す可能性が示唆される。
TNFRSF1A 遺伝子における突然変異は、常染色体優性遺伝による自己炎症性疾患であるTNF 受容体1関連周期性症候群(TRAPS)をもたらすことが知られている。一般にTRAPS は小児期に発現し、発熱、 腹痛、筋肉痛、皮膚炎症、関節痛、眼疾患などの症状を伴う全身性炎症が、誘因なく再発するという特性を示す。1999 年にTNFRSF1A 遺伝子の突然変異が初めて報告されて以来、50 種類以上のTNFRSF1A 遺 伝子変異が発見されている。De Jager らは、そのメタアナリシスおよび追試験において、TNFRSF1A におけるR92Q アミノ酸置換変異とMS 感受性との間に関連を見出した(オッズ比1.6)2 。R92Q アミノ酸置換変異は、現在までのところTRAPS 患者最も多く認められる変異である。
われわれは、独自のルートにおける調査により、TNFRSF1A 遺伝子にR92Q 変異を有するMS 患者群を特定した。このR92Q 変異陽性患者の70%以上が、MS に加えてTRAPS に一致する症状を報告して おり、このR92Q 変異がMS 患者における偶発性多臓器炎症にも関連することが示された。これらの患者の大部分は、関節痛、筋肉痛、皮膚症状、重度の疲労感および頭痛などの、臨床的表現型が類似した遅発型 TRAPS を有していたが、TRAPS に典型的な発熱のエピソードはなかった。R92Q 変異を有するがMSではない、その家族も、TRAPS 関連症状を示す割合が高かった。しかし、TRAPS を伴うMS の遺伝がみ られたのは2 家族のみであり、MS についてはこれ以外の遺伝的リスク因子および環境リスク因子、またはそのいずれか片方が存在するという見解と一致した。
TRAPS の基礎をなす正確な免疫学的機序は明らかにされていない。当初、TNFRSF1A 変異により変異型TNFR1 が細胞膜から細胞外コンパートメントに脱落するため欠損し、これにより可溶性TNFR1 受容体 の数が減少すると考えられていた。しかし、TRAPS関連TNFRSF1A 変異がすべて、脱落に作用を示すわけではない。TNFRSF1A 遺伝子の変異がTNFR1 外部ドメインの三次元構造に変化をもたらし、小胞体 において変異受容体を蓄積させると考えられる。このため、自己炎症性疾患の新たな分類法において、TRAPS は蛋白質折りたたみ異常疾患と分類された。
R92Q 変異は、アテローム硬化性血管疾患、ベーチェット病における頭蓋外静脈塞栓、初期関節炎などの臨床疾患との関連も報告されている。このことから、R92Q 変異が、自己免疫疾患全般において炎症促 進プロセスの増幅という影響を及ぼしている可能性が考えられる。R92Q 変異を有するMS 患者においてさらなる臨床試験を実施することにより、MS におけるTNFRSF1A アレルの正確な役割を明らかにすること ができると考えられる。TNFRSF1A 変異が治療反応に及ぼす影響についてはとりわけ興味深い。たとえば、われわれは、R92Q 変異を有するMS 患者が、疾患修飾性療法の有害な影響に特に感受性が高いことを観察している。
結論として、2 つの異なる流れの研究から得られたエビデンスにより、MS とTNF シグナル伝達の間の興味深い関係に新たな光が投げられている。ゲノムワイド関連研究により、TNFRSF1A のR92Q 変異が MS の遺伝的リスク因子として特定され、そのオッズ比は1.6 であった。また、独立した臨床的観察により、R92Q 変異を有し、MS に加えてTRAPS の臨床症状も示すMS 患者群が特定されている。これらの新し い結果を合わせると、MS の免疫病原性および治療に関する重要な示唆が得られると考えられる。
doi: 10.1038/nrneurol.2009.154