末梢神経障害:全ゲノム・シークエンシングによるCMT の原因変異体の特定
Nature Reviews Neurology
2010年8月1日
Peripheral neuropathies Whole genome sequencing identifies causal variants in CMT
常染色体劣性のCharcot–Marie–Tooth 病を有する患者の原因遺伝子を特定する、ゲノムレベルでの医学的シークエンシングが初めて成功した。今回、ヒトの遺伝子検査や診断に対して見かけ上は究極のアプローチ法といえるこのシークエンシングの結果から、いくつかの好機と課題が浮上した。
ヒトゲノム計画が実施された結果、ヒトの遺伝領域において先例のないDNA シークエンシングをしようとする渇望が抱かれ始めた。そして、個人のヒトゲノム・シークエンシングの情報を手に入れることができ るという期待が、1,000 ドルのゲノムを競って提供しようとする多くの新規産業を育んできた。シークエンシングのアウトプットは過去4 ~ 5 年の間で1 年ごとに5 ~ 10 倍増加しており、現在、1 回の機器の動作で3 兆個の塩基対のシークエンシングが可能である。現時点では、遺伝子解析の大部分はまだ、有用性が証明されている自動キャピラリー・シークエンシング装置を用いて、一つひとつの遺伝子ごとに行われている。しかしながら、メンデル疾患の大部分は遺伝子の異質性セットの突然変異によって生じる。例えば、100 個超の異なる遺伝子の突然変異が難聴に関与していることが知られており、また35 個を超える遺伝子がCharcot-Marie-Tooth(CMT)病に関連していることが知られている。したがって、全ゲノム・シークエンシングは、非常に数多くの遺伝子がメンデル疾患に関与していることを特定する上で、費用対効果の高い方法である。今回The New England Journal of Medicine に発表された研究において、Lupski らは、CMT 患者の全ゲノムを配列決定する次世代のシークエンシング技術を応用した1。この独創的な研究の結果は、全ゲノム・シークエンシングによって主にメンデル疾患の根底にある分子的基盤を特定することが可能であることを示唆している。
Lupski らは、臨床的に詳細が明らかにされている劣性のCMT 病の家族の発端者を研究するために、ヒト全ゲノム・シークエンシングを用いた。その結果、予想通り、非常に数多くの配列変異体が発見された。 これらの変異体の多くは新たに発見されたもので、機能的に重要である可能性があり、またコード遺伝子上に局在していた。実際には、54 個のコード変異体を含む3,148 個の一塩基多型(SNP)が、この遺伝的に異質性の疾患を引き起こすことが分かっている40 個の遺伝子上に局在していた。
しかしながら、本研究で対象とした家族のCMT 遺伝形質は劣性であったため、ゲノムが配列決定されている患者における原因DNA の変化を調べることによって、単一の候補遺伝子中の1 つのホモ接合突然変 異または2 つのヘテロ接合変異体のいずれかに絞り込むことができた。CMT 関連遺伝子の54 個のコード変異体のうちの2 つの突然変異は、劣性CMT のタイプ4C への関連が知られているSH3TC2 遺伝子 に局在していた。1 番目の突然変異は、過去に実施されたCMT の研究で述べられている、ヘテロ接合のナンセンス突然変異であるArg954X であることが特定された。また2 番目の突然変異は、SH3TC2 中 の169 番目のアミノ酸位置(Tyr169His)でチロシンがヒスチジンに置き換わっている新規のミスセンス変異体であることが特定された。この2 つの突然変異は、予想された複合ヘテロ接合パターンで、家系図のCMT 病の表現型と共分離していた。4 人の患者全てで、脱髄性のCMT 表現型を示唆する神経伝速度の遅延が認められた。興味深いことに、Tyr169His 突然変異も、発端者の父親および祖母だけでなく4 人の 同胞でもその証拠が明白にみられた、電気生理学的に確定された軸索性ニューロパチーと共分離しているようであった。それとは対照的に、Arg954X 変異体は、Arg169His 突然変異の有無にかかわらず、手根管症候群の準臨床的な電気生理学的エビデンスと関連していた。いくつかの発端者の家族はこれらの突然変異のどちらか一方を有していることが明らかにされていたが、発端者および同様にCMT と診断された3 人の同胞のみが、これら両方の突然変異を有していた。これらの研究結果は、ゲノム変異体のデータを正当に解釈するためには、慎重に表現型を決定することが重要であることを強調している。
著者らは、このアプローチ法に関連したいくつかの重要な困難や矛盾に直面し、それをハイライトしているが、この研究は概念証明実験として成功であったと言える。第1 に、どの患者のゲノムでもみられる潜 在的に機能的な差異の絶対量が、結果分析の解釈を困難にすることがあげられる。本研究では、おそらく影響を受ける蛋白質にとっては非常に重要と思われるような、非同義SNP が9,000 個超、終止コドンに関連するものが148 個、ならびに保存エクソンのスプライス部位に局在するものが112 個特定された。この点でも、全ゲノム・シークエンシングによって関連性のある表現型の差異を特定することがいかに困難 であるかが分かる。第2 に、Human Gene Mutation Database で変異体をクロス参照した場合に、159 個は遺伝形質との明らかな関連性を持っていたこと、また21 個はCMT 以外のメンデル疾患を引き起こすものとして記述されていたことがあげられる。例えば、遺伝子ABCD1 中のある変異体は、X 連鎖性の副腎脳白質ジストロフィを引き起こす変異体として記述されているが、Lupski らの研究で対象とされた発端者は、この疾患で観察できるどんな臨床的徴候も示さなかった。この結果の説明としては、この変異体が見かけ上でのみ副腎脳白質ジストロフィと関連していること、あるいは問題の変異体は遺伝的浸透度が低いことが可能性として考えられる。いずれの場合においても、ゲノム・シークエンシングのデータだけに基づいた将来を予測する遺伝学カウンセリングが困難に直面するであろうことは容易に想像できる。今回の例は、表現型の決定や医学的検査の実施を慎重に行うことの重要性を強調している。第3 に、全ゲノム・シークエンシングには重要な法的影響があることがあげられる。多くのメンデル疾患遺伝子は診断研究室がそのライセンスを持っており、研究室が実施する全ゲノム・シークエンシングによって、CMT のような遺伝的に異質性の表現型に関連した全ての既知の遺伝子における突然変異であると軽率に判断されてしまう可能性がある。しかしながら、現行の法律の下では、「顧客」と共有できるのは、ライセンスされている遺伝子または「パブリックドメイン」にある遺伝子に関する遺伝情報だけなようである。
著者らは、それらの検査に要する現状の費用は50,000US ドル未満であり、またシークエンシングに要する費用は今後下がり続けるであろうと推算している。今後5 年以内には、同様の研究が公正なルーチン ベースで実施されることを期待している。しかしながら、それに代わるより手に入れやすいアプローチ法も導入されるようになり、それによって、蛋白質をコードする全てのエクソンを含む、エキソームとして知られるゲノムのサブセットを標的にしたシークエンシングができるようになった。エキソーム・シークエンシングには、残された多くのメンデル疾患の遺伝子を迅速に特定することが期待される。早期の論文や学会発表は、この画期的なアプローチ法は古典的な遺伝子マッピングに比べて、最終的な連鎖解析にほとんど頼らず、そのため利用する家系図がより小さくかつ少なくてすむ方法であると思われることを指摘している。
結論として、個々のヒトゲノムをすぐに利用できることは、ヒト遺伝学者の究極の夢であろう。とはいえ、結果のデータ解析や解釈にはまだ問題が残されている。「突然変異」と「稀な変異体」を区別する方法は、まだ明確にはなっていない。変異体-突然変異に関する包括的データベースの導入に加えて、遺伝子型-表現型に関する検査を慎重に実施することが、今後も引き続き非常に重要な点となるであろう。Lupski らが示した研究結果は、重要な最初のステップであり、医学的遺伝診断の将来を描くプレビューである。
doi: 10.1038/nrneurol.2010.108