パーキンソン病:PD に対する深部脳刺激法と最適薬物療法との比較
Nature Reviews Neurology
2010年10月6日
Parkinson disease Deep brain stimulation versus best medical therapy for PD
新たに実施された試験の成績からは、深部脳刺激法(deep brain stimulation; DBS)と最適薬物療法を併用すると、最適薬物療法を単独で行った場合に比べて、進行したパーキンソン病を有する患者のQOL が有意に改善したことが示されている。また、DBS に関連した重篤な有害事象の発現頻度は、DBS の他の試験で報告されている頻度と同等であったことから、この侵襲的な治療法を実施する際には慎重に患者を選択し、カウンセリングを行う必要性が明確に示されている。
振戦を起こし、立ち上がったり歩いたりできずに椅子に座っているパーキンソン病(PD)患者のビデオクリップを見たことがある人は誰でも、患者が深部脳刺激法(DBS)を受けた後に振戦が消失し、支障な く立って歩く様子を見ると必ず驚く。この重度の振戦麻痺の状態から正常に近い状態にまで劇的に変わるエビデンスは、進行したPD を有する患者にとって、この治療法がいかに有効であるかを物語っている。にもかかわらず、臨床医は必ず次のことを尋ねる。それは、DBS 手術によるこの劇的な成果はどの程度認められるのか? この治療法は患者のQOL を顕著に改善させるのか? 進行したPD を有する全ての患者にこの手技の適用を考慮すべきか? というものである。Williams らはこれらの考慮すべき問題のいくつかに取り組み、The Lancet Neurology に発表された試験で、DBS と薬物療法を併用すると、最適薬物療法を単独で行った場合に比べて、進行期PD 患者のQOL が有意に改善するというエビデンスを示した。
現時点では、DBS に関して実施された試験ではWilliams らの試験が最も規模が大きい。振戦、ジスキネジア、重度のoff-period または運動症状を有し、薬物療法によるコントロールが困難な進行PD 患者 366 例を、無作為に手術群または最適薬物療法群のいずれかに割り付けた。本試験のユニークな点は、手術の代わりに、強力なドパミンアゴニストであるアポモルヒネを継続療法または救済療法として患者に使用できたことである。追跡調査は大規模臨床試験に典型的な方法として、オープンに行い、また限定した数の評価項目および重篤な有害事象に焦点を当てた。一次評価項目は、術後1 年時点でのパーキンソン病質問票(PDQ)-39 を用いた患者の自己報告によるQOL とした。この点で、今までに実施されたDBS および最適薬物療法に関する試験に比べて、Williams らの試験が最も期間が長い無作為化試験でもある。二次評価項目は、統一パーキンソン病評価尺度(UPDRS:Unified Parkinson’s Disease Rating Scale)による振戦麻痺症状の臨床評価、ならびに認知症評価尺度Ⅱ(DRS-Ⅱ:Dementia Rating Scale Ⅱ)による認知機能状態の評価とした。
データを解析した結果、DBS と最適薬物療法の併用群では、薬物療法のみを受けた群に比べて、QOLおよび総平均UPDRS スコアの改善度がより大きかった。相対的には感度が低いDRS-Ⅱによる認知機 能状態の評価では、PD 患者の認知機能の低下の程度は両群でほぼ同じであったが、より詳細な神経心理学的解析では、DBS 群の方が最適薬物療法群に比して、言語流暢性および語彙力が悪化していることが示された。
上述の知見を従来の状況と考え合わせるためには、本試験の成績を、PD 症状の治療としてDBS と最適薬物療法の有効性を比較検討した他の2 つの無作為化臨床試験の成績と比べる必要がある。Weaver らは 255 例の進行期PD 患者において、淡蒼球内節(GPi)DBS または視床下核(STN)DBS を最適薬物療法と比較し2、Deuschl らは156 例の進行PD 患者において、STN DBS を最適薬物療法と比較した3。Williamsらの試験では、試験開始時と追跡期間1 年時点の間のPDQ-39 サマリ・インデックス・スコアの平均変化は、手術群で-5 ポイントであった。対照的に、Weaver らの試験およびDeuschl らの試験の手術群における、試験開始時と追跡期間6 ヵ月時点の間のPDQ-39 サマリ・インデックス・スコアの平均変化は、それぞれ-7.7 ポイントおよび-10 ポイントであった。3 試験の全てにおいて、DBS によって最大の改善が認められたのは以下のPDQ-39 の項目であった:可動性、日常生活動作、不快感およびスティグマであった。Williams らの試験では、他の2 試験に比べてPDQ-39 サマリ・インデックス・スコアの減少度が小さかったことが示している通り、DBS によるQOL の改善度が他の試験よりも小さく、これは本試験がより長い追跡期間を設定していたという事実を反映していると思われる。したがって、QOL の 改善がどの程度の期間にわたって続くのかを調べるためには、このコホートの追跡調査を続けることが重要であるだろう。3 試験のいずれにおいても、概ねDBS はPD による障害や異常を軽減させた。例えば、 Williams らの試験では、DBS 群における術後1 年後の平均UPDRS 総合(パートⅠ~Ⅳ)スコアは、試験開始時から6.6 ポイント減少した。これらの機能における改善は「off」の状態ではより顕著であり、運動症状、日常生活動作および治療の合併症における改善を反映していた。
これら3 つの試験で報告された、手術に関連した有害事象の数は同じであった。各試験とも外科的手技に関連した死亡が1 例あり、また手術部位感染症が共通して認められ、手術群における発現頻度は3 ~ 10% であった。Weaver らの試験2 では、転倒による外傷を負った患者が有意に多かったことが報告されているが、他の2 つの試験ではそのようなことは観察されなかったことが記録されている1,3。実際にWilliamsらの試験では、重篤な有害事象の中の転倒は、手術群の方が最適薬剤療法群よりも少なかったことが報告されている。
この結果は、オープン試験の限界、すなわちオープン試験では全ての有害事象を記録するよりも重篤な有害事象を記録することにより努力が払われる傾向にあることを反映していると思われる。確かに、Weaver らの試験の方が他の2 試験よりも数多くの有害事象が報告されていた。
Deuschl らは自分たちの試験ではSTN DBS についてのみ検討していたが、この脳内核はWilliams らの試験でも主に用いられており、このことはPD におけるDBS の標的としてこの核が一般的であることを物 語っている。Weaver らの試験に参加したPD 患者は、STN DBS またはSTN よりは人気が低いGPi DBS のいずれかを施行された。にもかかわらず、Weaver らは、運動に関する一次評価項目はこれら2 つの手術群でほとんど同等であり、有害事象はGPi 群の方がSTN 群よりも少なかったことを報告している。
結論として、進行期PD 患者においてDBS と最適薬物療法のみを比較した3 つの主要な無作為化試験はいずれも、DBS が術後6 ~ 12 ヵ月ではQOL を有意に改善することを明らかにした。DBS によるPD 患 者のQOL インデックスの改善が、どの程度持続するのかを明らかにすることが重要である。実際のエビデンスからは、DBS による運動機能の改善は少なくとも5 年間は持続することが示されている4,5,6。しかしながら、DBS はその他の振戦麻痺症状の悪化を早める可能性があり、このことはPDQ-39 によって測定される運動機能に対するベネフィットを「相殺」する可能性がある。現在、Williams らの試験とWeaverらの試験のいずれもが延長して進行中であり、これによって、DBS の有益な効果が持続する期間が明らかになるであろう。DBS のベネフィットの持続期間という懸念点に加えて、3 つの試験の全てにおいて、この治療法が重篤な有害事象と関連していたことが報告されている。この点から、PD 患者へのこの治療法の選択を考慮する場合には、注意深い患者選択とカウンセリングが必要である。
doi: 10.1038/nrneurol.2010.128