治療:RAに対するサイトカイン阻害薬による癌リスクの評価
Nature Reviews Rheumatology
2010年3月1日
Therapy Assessing cancer risk of cytokine inhibitors in RA
腫瘍壊死因子(TNF)阻害薬が発癌と腫瘍増悪に及ぼす影響は、未だ十分に理解されていない。2009年のFDAの解析で、全身炎症性疾患の小児と青年にTNF阻害薬を投与すると、癌リスクが上昇することが示唆された。これに対して、地域住民を対象とした最近の癌リスク評価では、TNF阻害薬療法による癌リスク の全般的上昇は認められず、追跡調査期間を延長しても上昇は認められなかった。
1990年代に初めて腫瘍壊死因子(TNF)阻害薬が関節リウマチ(RA)治療に承認されたのに伴い、これらの薬剤が固形悪性腫瘍やリンパ腫のリスクを上昇させるのでは ないかという懸念が生じた。この懸念はこれらの薬剤に特徴的な作用機序に基づいており、2件の初期臨床試験のメタアナリシスがその裏付けとなっていた。これら のメタアナリシスでは、モノクローナル抗体であるインフリキシマブとアダリムマブにおいて、プラセボと比較して悪性腫瘍リスクの顕著な増加が示され(統合オッズ比 3.3、95%CI 1.2~9.1)、また、受容体融合蛋白質であるエタネルセプトにおいてもリスク上昇の可能性が示された(ハザード比1.84、95%CI 0.79~4.28)。さらに、 通常の診療では用いられない高用量のインフリキシマブまたはアダリムマブを用いると、患者の発癌リスクが最も高くなるが、それ未満では有意なリスク増加は認められないことも明らかとなった。
TNF阻害薬に関連した悪性腫瘍リスクに関する懸念は2009年に高まり、FDAは新たな安全性情報を発表し、TNF阻害薬の製造元に対して添付文書の警告追加を求めた。この処置は、TNF阻害薬投与を受けた小児と青年の悪性腫瘍48件の解析を受けたものであった。約半数の悪性腫瘍がリンパ腫であり、TNF阻害薬投与を受けた全身炎症性疾患患者のリンパ腫リスクが、一般集団の小児と青年に比べて高いことが示唆された。しかし、このリスク上昇のうちどの程度がサイトカイン阻害薬の使用によるものか、基礎疾患によるものか、あるいはその他の免疫抑制薬(解析対象となった患者の88%が使用していた)によるものかは不明である。全身炎症性疾患の小児と青年の背景にあるリンパ腫のリスクに関する正確なデータがないため、これらの疑問には答えることができない。
臨床診療において、薬剤の長期安全性に関する情報を得るために、現在利用できる選択肢にどのようなものがあるだろうか。
FDAのMedWatchなどの自発的報告システムは、安全性情報を知る強力な手段である。しかし、これらのシステムの問題は、薬剤の種類(つまり既知薬剤か新規薬剤か)と報告率の間に、コントロールできない顕著な報告バイアスが存在することである。分母を推定することは困難であり、交絡因子の補正は事実上不可能である。
一方、保険請求データベースは、分母が明確であり、多数の患者が対象とされ、処方に関する確実な情報となる。ただ、基礎疾患や疾患そのものの診断の妥当性に限界があることと、有害事象の確認が不十分なことが欠点である。さらに、疾患活動性や合併症などの交絡因子を補正する方法が限られている。
したがって、限定された集団における特定の薬剤のリスクに関する最も信頼できる情報源は、大規模コホート患者を対象とした、治療開始から転帰までの前向き追跡調査研究である。この方法は、分母が既知で、観察期間が決められており、適切な対象集団があり、有害事象を完全に握握できる。
これらの基準に従って、生物学的製剤の登録が、21世紀初頭から、複数の国で行われている。さらに北欧のいくつかの登録は、自国の医療登録とリンクしており、癌や死亡などの結果を完全に網羅することができる。
この手法により何が達成できるかを示した優れた例が、Arthritis and Rheumatism の2009年11月号に発表されたスウェーデンのAsklingらの研究である。彼らは、スウェーデンの生物学的製剤レジストリー(ARTIS)のデータと、複数の地域のRAレジストリーおよび国の癌レジストリーをリンクさせた。スウェーデンでは1958年以降、悪性腫瘍の新規発生を癌レジストリーに報告することが、治療医および病理医の両者の義務になっている。これにより、1999年1月~2006年7月にTNF阻害薬投与を開始したRA患者6,366例を対象とする大規模な国内コホートの癌リスクを特定できた。総観察期間は、25,693人・年であった。
TNF阻害薬投与RA患者の全般的な癌の相対リスクは、一般集団との比較で1.14(95%CI 1.00~1.30)、メトトレキサート投与を新たに開始した患者との比較で 0.99(95%CI 0.79~1.24)、生物学的製剤以外の疾患修飾性抗リウマチ薬(DMARD)併用療法を開始した患者との比較で0.97(95% CI 0.69 ~ 1.36)であった。観察期間が変わっても、癌の発生率と相対リスクは変化しなかった。さらにこの結果は、TNF阻害療法の「TNF阻害薬開始からの期間」や「TNF阻害療法累積期間」を解析に用いたか否かにかかわらず一貫していた。
これらの結果は臨床的に重要であり、科学的に確実である。それは、完全な追跡調査を行ったTNF阻害薬投与患者の大規模コホートに基づいており(追跡調査不能になった患者は1%未満であった)、比較的長期間観察が行われ(中央値3.6年、最長8年)、スウェーデンの癌レジストリーと連携させることで全ての癌が確認できたためである。
この研究の質は高いが、TNF阻害療法と癌リスクについてはいくつかの疑問が残る。悪性疾患の既往があり、積極的治療が必要な活動性リウマチ性疾患患者の癌再発リスクは、さらに明らかにする必要がある。成人集団に限定して研究が行われたため、生物学的製剤の投与を受けた小児と青年の癌リスクに関する情報は得られていない。この研究より、小児と青年における安全性に対する懸念を払拭することはできない。さらに、この分析では、癌の全般的リスクが評価されているため、特定の癌リスクについてはさらに検討する必要がある。癌リスクの差がインフリキシマブ、アダリムマブ、エタネルセプト投与1年目に認められ、それ以降は認められなかったのは、患者選択または薬剤の使用法の差 による可能性がある。それぞれのTNF阻害薬の異なる作用機序が、癌リスクにそれぞれ個別の影響を及ぼすかどうかを明らかにするのは困難である。もちろん、現在の追跡調査期間では、6年を越える投与については推測できない。最後に、研究者らは、RA患者の癌リスクのみ解析したが、他の全身性炎症性疾患では、TNF阻害薬の癌発症リスクを含めた安全性プロファイルが異なる可能性がある。
これらの制限は別として、Asklingらによる研究5は、TNF阻害療法の開始後数年間は癌リスクが上昇しないことを示しており、データの質の高さ、観察期間の長さ(人・年)、地域住民を対象としたアプローチ、そして症例確認の完全さを考慮すると、大きな意義がある。しかし、「まだ不確実な点が残っているため、引き続き警戒することが賢明である」という著者らの結論は強調する必要がある。
doi: 10.1038/nrrheum.2010.21