RA治療のガイドライン—Hamartiaを避ける
Nature Reviews Rheumatology
2010年9月1日
Rheumatoid arthritis Guidelines for RA therapy—avoiding hamartia
治療ガイドラインは、医学の議論において、ますます注目を集める話題となってきている。リウマチ専門医は、治療の標準化の試みにつきものの、「重大な欠陥」、すなわち、ガイドラインを過剰に遵守するあまり、個々の患者の治療成績を最適化することを置き去りにしてしまう危険を避けることができるだろうか。
「エビデンスに基づく医療」という概念が生まれ、実地医療の多様性は、医療にとって有益でないという報告に触発されて、治療ガイドラインの作成が加速された。過去5年間で関心はピークに達し、われわれは「有効性比較研究」時代に突入した。リウマチ学の世界では、一般的治療ガイドラインに関する関心が強く、さまざまな学会やグループから、多数の文献が発表されている。例えば、Smolenらによる関節リウマチ(RA)治療に関する欧州リウマチ学会(EULAR)の推奨が、2010年5月にAnnals of Rheumatic Disease に発表された。臨床リウマチ専門医はこれらの推奨から何を推測できるだろうか。
まず、最新のEULAR推奨の基礎となった包括的システマティック文献レビューは、有益で信頼性の高いものばかりであり、RAの治療にかかわる重要な項目に焦点をあててい る。文献のレビューはガイドライン作製で一般的に行われていることであるが、EULAR推奨の基礎となっている文献は、幅広く詳細なだけでなく、論理的な臨床的項目も入っていて、極めて有用性が高い。個々の薬剤に関するデータに加えて、過去10年間に発表されたさまざまな新しい治療戦略の詳細な評価も、EULAR推奨に反映されている。Smolenらによるこれらの推奨1のもう一つの新しい点は、費用を考慮に入れたことである。費用は考慮すべき非常に重要な問題でありながら、多くのガイドラインではなぜか無視され軽視されている。もし新しい治療法にかかる費用が従来の治療法と同じなら、明らかに事情はもっと簡単になるだろう。医薬経済論的にいえば、有効性の高い新しい薬剤が優位に立つということである。そうなれば、事実上、ガイドラインの目的は、費用削減のために新しい治療法へのアクセスを制限することであるから、ガイドラインの数ははるかに少ないであろう。
EULAR推奨は、非常に基本的な原則の1つとして、RAが「高価な」疾患であることを強く示している。したがって、このたちの悪い病態に対する極めて有用性の高い治療が、生 産性の面であげる利益を医薬経済論的に公平に考慮しなくてはならない。
これらのガイドラインで特筆すべき点は、おそらく、治療選択に患者が関与することを好ましいこととして強調したことであろう。基本三原則のうち、第二の原則には、以下のように記載されている。「RA患者の治療は、最善のケアを目指すべきであり、患者とリウマチ専門医の共通の決断に基づかねばならない」。ガイドラインは、数値化された目標を達成するための治療とその選択に焦点を当てていることが多く、患者の考え方は軽視され、無視されることすらある。「Treat to Target」という概念は、リウマチ学の世界でよく言われるようになっているが、RA患者の最適な治療には、個人個人に合わせた幅広い治療戦略と、リウマチ専門医と患者間の前進的な開かれた話し合いが必要である。
全体として、EULAR推奨は、治療選択に影響する重要な項目(Box-1)を適切に、系統的に取り上げている点に限っては優れていると考えられる。リウマチ専門医と患者が、臨床的な有効性とは異なる何らかの効果を優先するとしても、臨床的有効性は、治療を行うリウマチ専門医にとっても患者にとっても重要である。RA治療において満たされていない最大のニーズは、おそらく、臨床的有効性を事前に予測できるようになることであろう。これは依然としてわかっていない。費用はRAの治療を選択するにあたって重要な問題である。一部の国ではこの治療費に関する問題が個々の患者にふりかかってくるが、公費負担の医療制度のある国でも、費用が治療の機会や治療そのものに影響を与える。幸いなことにRA患者ではかろうじて重篤な有害事象の頻度は低いが、治療に関連した合併症は、患者と社会にとって重要なことである。有害事象の予測は困難であるが、併存症などの患者側の要因が、発症、重症度、および予後に影響を与えるため、患者の根気強い選択やモニタリングの必要性が強調されている。最後に、治療の利便性は、多分重要視されていないであろう。しかし、患者レベルでは慢性疾患の治療に重要なコンプライアンスに影響を与える。
これらのEULAR推奨と他のRAガイドラインには、どのような注意点があるだろうか。これらの内容で選択された用語には、政治的意味合いがある。Smolenらは、「EULAR推 奨」としており、「ガイドライン」とはしていない。多くの読者はこれらの用語を互換的だと考えるであろうが、後者は裁判では法的な意味を持つ場合がある。さらに、電子医療記録の利用が増えているため、ガイドラインを促進させる力は指数関数的に拡大するであろう。この傾向は個々の患者に問題を引き起こす可能性がある。ガイドラインは良い ものかもしれないが、経験を積んだ臨床医なら、例外があることがわかるだろう。リウマチ学では、疾患(RAを含む)が不均一であり、有効性の正確な予測因子がないため、個々の患者の最適な治療は、集団全体には良いと考えられる治療とはある程度異なっていることは明白である。臨床医が治療ガイドラインに厳密に従うことを必要とされた場合、このような微妙な治療アプローチは失われるかもしれない。その結果、患者によっては、病状が推奨に記載された基準と合致しないため、有効な治療を阻まれる可能性がある。
前述の通り、EULAR推奨の優れた一面は、「Treat to Target」を考慮に入れたことである。この概念は、糖尿病などの他の疾患のケアにおいては確立されており、RA治療でも勢いを増してきている。しかし、このような概念のウラにあるのは、現在利用できる治療法によって、全ての患者が実際に最も高い目標を達成することができるという考え方である。RAの複雑な免疫病態生理学を考慮すると、この考え方は全ての患者に妥当なわけではない。ヴォルテールの言葉を借りれば、「最良の敵は良」なのである。これまでに議論してきた治療選択肢に影響する重要な事項を考慮すると、各患者の目標は、可能な限り最善の状態にすることとすべきである。特定の目標を達成することだけを目的として積極的に患者を治療しすぎると、合併症が生じることがある。特定の併存症やその他の要因を有する患者では特にそうである。事実、「tight control」という考え方は、糖尿病などの他の疾患(はるかに高い目標を目指すことが原則だと考えられているような疾患)で見直されている。。
Hamartiaという言葉にはさまざまな意味がある。最も共通しているのは「悲劇的な欠陥」である。しかし、この言葉は古いギリシャ語「hamartanein 」から派生している。この言葉の文字通りの意味は、「的を外す」ということである。昔の物語では、ヒーローは、誠心誠意、全ての緊急事態を何とかしようとするが失敗してしまう。最終的に、外部の力が彼の行動に負の影響を与える。RA患者の最適な治療を実現するために開発されたガイドラインが、同じような運命をたどらないことを祈る。
doi: 10.1038/nrrheum.2010.138