遺伝子:自己免疫に関連する希少な遺伝子―新たな遺伝子
Nature Reviews Rheumatology
2010年12月1日
Genetics Rare genes for autoimmunity—the new kids on the block
ヒト疾患のゲノムワイド関連研究によって、効果量が小さい数多くの高頻度の遺伝子変異が発見されているが、大きな効果量をもつ希少な遺伝子変異は、疾患の遺伝性の点から大きな意義を有すると考えられる。したがって、SIAE において最近発見されたような希少な変異の同定とその特性の解明は、今後数年間のこ の分野における中心的な取り組みとなるであろう。
ゲノムワイド関連研究(GWAS)は、様々なヒト疾患に関連した2,000を超える高頻度の遺伝子変異を同定してきた。しかし、これらの高頻度の遺伝子変異は、オッズ比の推 定で評価した効果量は小さく、総合的にみると疾患の遺伝性全体のごく一部を説明するものに過ぎない。このことは、GWASにより解明されたリウマチ性自己免疫疾患に関連す る遺伝子についても同様である。一方、希少な遺伝子変異は高頻度の遺伝子変異よりも効果量がかなり大きい場合があり、疾患の病理発生に対して、より直接的かつ大 きな影響を及ぼす可能性がある。また、これらの希少な遺伝子変異は、その浸透率が高い場合は特に、頻度の高い調節性変異よりも疾患の予測能が高いようである。
Suroliaら4の研究で明らかにされたSIAE は、TREX1とIFIH 1を含む希少な変異を伴った自己免疫遺伝子のクラスに属するものである。シアル酸O-アセチルエステラーゼを コードするSIAE は、自己免疫関連オッズ比が8を超えており、これまでGWASにより同定された自己免疫遺伝子のオッズ比よりも明らかに大きい。シアル酸O-アセチルエステ ラーゼは、9-OHの位置でシアル酸を脱アセチル化し、シアル酸のB細胞受容体シグナル伝達の負の調節因子であるCD22への結合を促進する。その後、チロシン蛋白質キナー ゼLynによるCD22のリン酸化に続いて、非受容体6型チロシンホスファターゼ(SHP-1としても知られている)の動員と活性化が生じる。これらの作用は最終的に、B細胞受容体 が誘発するカルシウム流出を抑制し、B細胞寛容という重要な帰結をもたらす。実際、この経路のコンポーネントに突然変異を有するマウスはループス様自己免疫疾患を発 症する。これらの観察結果を総合すると、液性免疫応答の調節と液性自己免疫の抑制においてこの分子経路が不可欠な役割を果たしていることは明確である。
全身性エリテマトーデス以外の自己免疫疾患におけるシアル酸O- アセチルエステラーゼとその関連分子カスケードの役割は明らかではなく、さらなる研究が必要である。 SIAE の希少な機能喪失変異は関節リウマチおよび1型糖尿病と非常に強く関連していた。細胞表面での9-O-アセチルシアル酸の発現亢進が欠損SIAE 変異を有する患者由来の 活性化B細胞で認められる4という事実は、シアル酸O- アセチルエステラーゼが他の自己免疫疾患においてB細胞に固有の方法で作用し得ることも示唆している。B細胞除去療 法がいくつかの自己免疫疾患に有効であることから、これら疾患においてB細胞が病原的役割を有する可能性が示されている。シアル酸O- アセチルエステラーゼの作用は、B 細胞寛容の閾値調節および抗体レパートリー形成の能力を有する可能性がある。したがって、SIAE の機能喪失変異は関節リウマチまたは1型糖尿病に関連した特定の自己抗 体サブセットの発現に関与していると考えられる。しかし、この仮説には実験による検証が必要である。Suroliaらの研究結果に関して矛盾することのない別の解釈は、シアル 酸O- アセチルエステラーゼはB細胞以外の細胞に対する特異的作用を介して自己免疫性を制限するというものである。自己免疫疾患を有する患者の一部は、分泌され得ない触媒 活性を有する蛋白質をコードするSIAE 変異についてホモ接合性であった。この観察結果は、自己免疫におけるシアル酸O- アセチルエステラーゼが細胞とは無関係の役割を有 することの裏づけとなる。したがって、他の免疫細胞の活性化と機能にSIAE 突然変異が及ぼす影響を検討することは興味深いことと考えられる。
Suroliaらによる研究は、いくつかの分野にとって重大な意義をもつものである。それは、GWASの使用と高頻度の遺伝子変異の特定だけに頼るのではなく、希少な遺伝子変異が様々な自己免疫疾患に及ぼし得る影響を解明する方向に向かうべきであることを明確に示している。実際、この取り組みは、次世代シーケンシングの可能性を考えると、今後数年のうちに主流となる可能性が高い。今回の観察結果は、マウスモデルで明らかにされた遺伝子が、ヒト疾患において有する重要性をどのように解釈するかにも関わってくると考えられる。GWASにより遺伝子が疾患に関連することが明らかにならない場合でも、遺伝子の希少な変異がヒト疾患に関与している可能性を除外すべきではない。また、GWASより高頻度の遺伝子変異を同定するというアプローチは、大きな効果量をもつ希少な病原性変異の特定に向けた指針となる可能性があることも重要である。実際、GWASにより明らかにされた遺伝子で高トリグリセリド血症に対する効果量が小さな遺伝子の再シーケンシングにより、150個以上の効果量が大きな希少な遺伝子変異が同定された。新たに特定された希少な遺伝子変異は自己免疫データベースに蓄積されるため(現在のところ、GWASにより解明された遺伝子が主である)、最終的には全ての自己免疫の遺伝性を明らかにできるであろう。
SIAE などの一部の遺伝子が、複数の自己免疫疾患にどのようにして大きな影響を及ぼすかは興味深い。疾患によって異なる可能性がある細胞・分子機構については注意深く分 析する必要があるが、上述した知見から、遺伝子のサブセットが、おそらくは自己抗体に対する免疫寛容における主要なチェックポイントを障害することにより、複数の自己免疫疾患において働いていることが示唆される。SIAE が自己免疫をもたらす他の全身または臓器レベルの機構にも関与しているかどうかは今後の検討課題である。自己免疫の分子基盤に関する理解は、自己免疫疾患の基礎にある希少な遺伝子変異および一般的遺伝子変異が一つひとつ発見され、その特性が明らかにされるにしたがって進んで行くであろう。
doi: 10.1038/nrrheum.2010.177