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PhD大量生産時代

原文:Nature号)|doi:10.1038/472276a|Education: The PhD factory

ポーランド:博士号量産のツケ

ヨーロッパの伝統的科学大国では、博士号授与数は伸び悩んでいるようだが、ポーランドなど旧東欧共産圏の一部では、博士号が急激に増えている。1990年度にポーランドの大学では2695人の学生が博士課程に進学したが、2008年度には、3万2000人を超えた。これは、ポーランド政府が、共産主義の崩壊後に高等教育制度の拡大に力を注ぎ、博士課程の学生を受け入れた大学に報奨を与える政策を導入したことによっている。

博士号授与数が伸びた半面、複数の問題も発生している。ワルシャワ工科大学の研究者で、ポーランドの大学を代表するポーランド大学学長協議会の Andrzej Krasniewski 事務総長は、「博士研究のための予算が不足しているために中途退学率が上昇しています」と話す。工学の分野では、博士課程学生の半数以上が中退している、と彼は言う。ポーランドの経済成長は博士号授与数の伸びについていけず、修得した専門知識のレベル以下の仕事に就かざるを得ない人も出ている。国内の大学の博士号取得者の質にバラつきがなく、また彼らの能力はほかのヨーロッパ諸国と同等であることを示すデータを集める必要がある、と Krasniewski は指摘する。

それでも、ポーランドの博士号取得者の失業率は、ほかの大部分の国々と同様、3%未満にとどまっている。「博士号取得者の雇用見通しの方が、ほかの高等教育課程の卒業者より高いのです」。こう話すのは、1990~2006年の博士号取得者に関するOECD報告書の著者で、現在は2010年までの博士課程学生のデータを解析している Laudeline Auriol だ。

図4:博士号の値打ち
図4:博士号の値打ち
博士号があると、幸福度が相当にアップするわけではない。 | 拡大する

SOURCE: OECD, NATURE SALARY & CAREER SURVEY 2010

にもかかわらず、Nature が2010年に実施したアンケート調査では、博士号取得者は、非取得者と比べて仕事の満足度が必ずしも高いとはいえず、収入もそれほど高くないことが明らかになっている(図4「博士号の値打ち」参照)。

エジプト:生き残りに四苦八苦

中東で博士研究が盛んに行われているのがエジプトだ。博士課程進学者数は、1998年に1万7663人だったものが、2009年には約3万5000人に達した。しかし、研究資金が需要に追いついていない。研究資金の大部分は大学予算から支出されるが、学部と修士課程の教育に多額の費用がかかり、博士課程の予算は逼迫(ひっぱく)している。各大学は、海外からの資金提供や民間部門との提携に目を向け始めたが、ごく限られた額にとどまっている。

こうした資金不足は、設備や教材の不足、有能な教職員の不在、研究者の低給与につながっている。その結果、より大きな負担が学生にかかっている。資金の切迫によって研究の質が大きく損なわれ、学生と指導教官の間に緊張が生じているのだ。ミニア大学で食品科学を研究し、博士課程の指導教官を務める Mounir Hana は「エジプトの博士課程の学生は、数多くの問題を抱えています」と言う。自らも問題解決に努力していることを語った後、次のように続けた。「残念ながら、多くの指導教官は、こうした問題を気にしておらず、学生にとっての新たな障害を生み出す結果ともなっているのです」。

博士課程の卒業生は、長くつらい歩みを強いられている。ほかの国々と同様、エジプトでも博士号取得者の数は、大学が研究者や教官として雇用できる人数を超えている。博士号は、階層的な公務員組織をのぼりつめる手段として利用されることが多いが、民間部門からは、「博士卒業者は、提案書の作成やプロジェクト管理といった必須の実用的技能の訓練ができていない」という不満が出ている。また、エジプトの博士号取得者は、国際的な研究職への就職にも四苦八苦している。Hana は、こうした博士号取得者の研究論文の全体的な質を「平凡」と評し、すでに大学に勤務しているのでないかぎり、博士号を得るための勉強は「無駄なこと」だと話す。しかし、今年になって起こった政変が変化をもたらすかもしれない。これまでエジプトを離れていた多くの大学教官が帰国して、教育と研究の再構築と整備に貢献したいと希望しているからだ。

そのほかの中東諸国では、博士課程で学ぶ者は少なく、例えば、レバノンでは年間50人にも満たない。しかし、近年、ペルシア湾岸の産油国で国際的レベルの大学がいくつか新設され、博士号取得者に対する需要が高まっている。これまでのところは、欧米の大学で学位を取得した研究者を「輸入」している場合がほとんどだが、特にサウジアラビアとカタールでは、国内のインフラ整備を進めており、自前の博士課程を増やそうとしている。今後、その影響は、中東全体に及ぶことになる、とアル=アズハル大学(カイロ)で内分泌学を研究し、博士課程の指導教官を務める Fatma Hammad は言う。「現在、多くの学部卒業生が博士研究を始めていますが、その理由は、湾岸産油国での博士号取得者に対する需要が高まっているからです。学生にとっては、博士課程に進むことが、こうした国々で就職し、収入を増やす手段の1つなのです」。

インド:求む、博士号取得者

インドで授与された科学・技術・工学分野の博士号取得者数は、2004年に約5900件だったが、現在では約8900件にまで増えている。中国や米国と比べればわずかだが、インド政府は、それをかなり増やして、同国の経済と人口の爆発的成長に見合った数にしたいと考えている。政府は、2011年度高等教育予算の33%増額を含めて、研究と高等教育に多額の投資を行っており、海外の大学からの投資を集めようと努力している。政府の目標は、年間の博士卒業者数を2020年までに2万人に増やすことだ、と Thirumalachari Ramasami 科学技術省科学技術部長は話す。

こうした目標は、簡単に達成されるはずだ。インド人の博士号取得平均年齢は若く、学部教育も成長著しい(Nature 2011年4月7日号24~26ページ参照)からだ。しかし、長期間の博士課程に進学する動機は乏しく、現在のところ、学部卒業生の約1%のみが博士課程に進んでいる。大部分の学部卒業生は、産業界への就職に熱心だ。そのために必要なのは学士号だけであり、収入も大学院教育を必要とする国公立大学の教官や研究者よりかなり高い。学生は「今のところ、博士号はおろか、修士号についても考えていません。就職するなら、学士号で十分なのです」。こう話すのは、インド工科大学(カラグプル)の工学者 Amit Patra だ。

たとえ博士号を取得しても、インド国内の大学の求人数は少なく、給与の高い産業界での仕事の方がより魅力的なのだ。「現在、博士号取得者が不足しており、この希少な人材をめぐって産業界と争奪戦をしなければなりません。でも、大学には、ほとんど勝ち目がありません」と Patra は話す。大学院への進学に熱心な若者の多くは、欧米への留学を目標としている。Manu Prakash もそうした道を選び、マサチューセッツ工科大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)に留学して博士号を取得し、現在は、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)で実験生物物理学研究室を主宰している。「インドの大学で学んでいた頃は、長期的研究を行うための基盤に対して十分な支援がないと感じていました」と彼は話している。

(翻訳:菊川 要)

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