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口蹄疫の被害を最小限に

Natureオンライン掲載)|doi:10.1038/news.2011.269|英語の原文:Foot-and-mouth culls could be cut

Daniel Cressey

口蹄疫の伝染期間は考えられていたよりも短いことが英国で発見され、予防的な感染拡大防止処分の必要性が低下しそうだ。

口蹄疫の伝染力に関して質の高い情報があれば、大発生時でも大規模な処分を行わずに済む可能性がある。 | 拡大する

世界中で家畜に甚大な被害をもたらす口蹄疫。先頃、英国の研究チームが、独創的な実験手法で、ウシからウシへの直接的な感染について研究した論文が、Science に掲載された1。この手法は、ほかの病原体の感染研究へも応用が可能かもしれない。

口蹄疫は伝染力の強い疾患で、農家の生計に極めて大きな影響を及ぼす。アフリカと南米に多い疾患で、ヨーロッパと北米の大部分では原因ウイルスは撲滅されている。しかし、それでも世界各地で散発的な発生が見られ、しばしば巨大な経済的損失をもたらしている。また、感染発覚時に取られる感染拡大防止策にも議論が多い。

2001年、英国で口蹄疫が発生したときには、多数のウシが処分され、多くの地域で立ち入りが制限された。2007年の再発生は、管理の不十分な研究施設が感染源と最終的にわかったが、感染防止策はそれほど厳しくする必要がなく、損害も小さかった。

今回の成果から、2001年発生時の感染拡大防止策は、それほど大規模である必要はなかったのではないかと考えられる。感染したウシからほかのウシに伝染する可能性がある期間は、これまで考えられていたよりも実際には短く、何よりも、伝染可能な時期は疾患の症状が出現した後であることがわかったのだ。

今回の研究は、動物衛生研究所(英国サリー州パーブライト;2007年にウイルスが流出した場所に立地)の口蹄疫の専門家である Bryan Charleston らによって行われた。研究チームは、ある型の口蹄疫ウイルスを8頭のウシに接種し、施設内のバイオセキュリティー区域で、この第一感染のウシからほかのウシにウイルスを伝染させる実験を行った。このとき、ウシの血液検体や体温、病変といった一連のさまざまなデータを取った。

「この研究は、実際のウイルス病の標的宿主で1対1の伝染を行わせるという、代用パラメーターではなく直接伝染パラメーターを観察した最初のものだと思います」と Charleston は話す。

伝染を試みた28例のうち、口蹄疫が実際に伝染したのは8例だけだった。さらに、臨床的な徴候が現れてから半日程度までは感染源のウシに伝染力は認められず、伝染する期間は平均して1.7日だとわかった。

これまでは、感染動物からのウイルスの分離に基づく従来の推定では、伝染の期間がもっと大幅に長いとされていた。臨床的な徴候が現れる前にはウシの伝染力が低いという事実は、流行が発生したとき、感染リスクがある周辺農場で、即、ウシを処分する必要はないということを示すのではないか、と Charleston らは考えている。その代わりとして、感染の徴候を注意深く監視すればよいのだろうと考えられる。

今回の論文の共著者で、エディンバラ大学(英国)の感染症学者 Mark Woolhouse によれば、2001年の大発生では、伝染を抑えるために約70万頭のウシが処分されたという。しかし、そのうち実際にウイルスを持っていたのは「ほんの一部」だけだっただろう、と Woolhouse は語る。

適切な感染防止策を

インペリアル・カレッジ・ロンドンの数理生物学者 Neil Ferguson によれば、口蹄疫が前臨床的に伝染したのかどうかについては、学界で議論があったのだという。

Ferguson は、「今回の論文は、感染期間の長さと症状の関数として、動物がどれだけ伝染力を持つかを定量化した数少ない研究の1つであるという点で、すばらしいものです。これにより、農場での感染診断の迅速化を本気で進めることが重要であることがわかります」とも話す。

しかし、実際には、診断の迅速化は論理的に難しいと考えられる。2007年は、2001年のような大量処分は回避された。これは単に、地理的に範囲が狭かったため、それほど厳しくない防止策でも感染拡大の防止が可能だったからだ。

コヴェントリー近郊のウォリック大学(英国)に所属する疾患モデリングの専門家、Matthew Keeling は、疾患の広がり方と発生への最適な対応の予測に利用されるモデリングのほとんどは、個体ではなく農場のレベルで機能するだと指摘する。一方で、Keeling は、今回の研究が早期発見のメリットを強調していることも認める。「よく気を付けていれば、ごく初期に徴候を発見することができることを、教えてくれているのです」。

Charleston は、今回の技術でデータをまとめるのは非常にたいへんだったが、この技術は、インフルエンザなどほかの感染症に応用できる可能性がある、と期待する。また、これまで考えられていた口蹄疫の伝染性の予測と今回の実験結果との差から、急性疾患の拡大防止策には適切な証拠が必要なことがわかる、とも話す。

今回の先駆的な実験はこの分野の多くの研究者に歓迎されたが、Keeling は、こうした1対1の伝染の研究は容易な仕事ではないと指摘する。「今回、感染ウシわずか8頭でこの成果を得た研究の意義は、非常に大きいです」。

参考文献

  1. Charleston, B. et al. Science 332, 726-729 (2011).

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