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科学出版の本当のコスト

低コストのオープンアクセスジャーナルの出現で、論文掲載料に対する出版社の付加価値に関して疑問の声が上がっている。

Credit: BRENDAN MONROE

原文:Nature 495, 426-429 (号)|doi:10.1038/495426a|Open access: The true cost of science publishing

Richard Van Noorden

カリフォルニア大学バークレー校(米国)の分子生物学者である Michael Eisen に愚痴を言わせると、一切の遠慮がない。「研究論文の出版費用は、現在でもばかげているほど高い。もちろん我々も高額の掲載料をとられています」と彼は力説する。学術出版の主要な部分を占める査読が、科学界において無償で行われているにもかかわらず、完成した論文を科学者が読むためには、定期購読ジャーナルの出版社に毎年総額数十億ドル(数千億円)の購読料を支払わなければならないというのは最大の茶番だ、と彼は続ける。「実にばかげた商売です」。

Eisen は、オープンアクセス誌なら、読者が無料で論文を読むことができ、出版社も論文著者や研究助成機関から費用を徴収して経費を回収できるので、科学者がオープンアクセス誌に論文を掲載すれば、かなり高いバリューが得られると主張している。オープンアクセス誌の最も有名な例は、Eisen たちが2000年に共同で創設した Public Library of Science(PLoS)が発行する複数のオープンアクセス誌だ。この Eisen の見解に賛同するのが、かつてのPLoSの発行人で、最も新しいオープンアクセス誌の1つであるPeerJ の創立者の1人となった Peter Binfield だ。「研究論文の出版費用は、一般に考えられているよりかなり安くできるのです」。

しかし、定期購読ジャーナルの出版社側は、そうした見方の誤りを指摘し、誌上発表される研究論文と研究コミュニティー全体に対する出版社の付加価値を評価していないから、そうした見方が生まれるのだと主張している。それに、実は出版社は非常に効率的な経営をしているため、著者側がオープンアクセス出版に切り替えて、低コストの論文誌を選んで掲載料を節減した場合には、編集品質などの重要なバリューが失われることになると出版社側は言う。

こうした主張と反論は、オープンアクセス構想が登場した1990年代から何度も繰り返されてきた。しかし、出版業界の財政状況がほとんど謎に包まれているため、その主張も反論も、裏付ける証拠が不足している。論文誌の表示価格は、インフレ率を上回る勢いで値上がりしているが、大学図書館が論文誌の購入に実際に支払う金額は、秘密保持契約を締結しているため、原則として公表されない。それに、出版社が論文誌の制作に要する本当の費用は、あまり知られていない。

しかし、ここ数年で変化が起こった。オープンアクセス誌の数が着実に増えているのだ。その原因の1つは、公的資金を受けた研究による論文は、読者に無償で公開すべきだと研究助成機関が考えていることにある。2011年には、全世界で出版された研究論文の11%が完全オープンアクセス誌で発表された1(「増加するオープンアクセス」参照)。その時、科学者は、突如、掲載料の比較ができるようになった。例えば、Cell Reports の掲載料は5000ドル(約50万円)だが、PLoS ONE では1350ドル(約13万5000円)で済む。PeerJ では、著者1人あたり299ドル(約2万9900円)を1回払えば、論文を何度でも出版できる。「これで初めて、著者が、掲載料に対して受けるサービスを評価できるようになったのです」。こう話すのは、Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition(米国ワシントンDC)のエグゼクティブ・ディレクターである Heather Joseph だ。

増加するオープンアクセス
増加するオープンアクセス

このように掲載料に差が生じたことで、論文に関わる全ての関係者が、既存の学術出版の体制に対して、これまでにないほど疑問の声を挙げている。研究者と研究助成機関にとっては、乏しい資源のうちのどれだけを論文出版にあて、どのような出版形態にするのかが問題なのだが、出版社にとっては、現在のビジネスモデルが持続可能かどうか、そして、選別が厳しく、掲載料の高額な論文誌が、オープンアクセスの世界で生き残り、繁栄できるのかということが問題なのだ。

出版経費

コンサルティング会社Outsell(米国カリフォルニア州バーリンゲーム)のデータによれば、2011年には、科学出版業界で、約180万編の英語による論文が出版され、94億ドル(約9400億円)の収入があったことが示唆されている。これは、1論文当たりの平均収入が5000ドル(約50万円)であったことを意味する。また、アナリストの見積もりでは、この業界の利益率は20~30%とされ、出版社が論文を出版するための平均経費は、約3500~4000ドル(約35~40万円)である可能性が高い。

大部分のオープンアクセス出版社の掲載料は、論文誌によって大きな開きがあるが、業界の平均収入よりもかなり少ない。最大のオープンアクセス出版社であるBioMed CentralとPLoSが出版する論文誌のうちの多くでは、査読論文を出版する際の掲載料が1350~2250ドル(約13万5000~22万5000円)だが、最も選別の厳しい論文誌では2700~2900ドル(約27万~29万円)となっている。また、2012年に公表された調査結果2において、ハンケン経済大学(フィンランド・ヘルシンキ)の経済学者Bo-Christer Bjorkとミシガン州立大学(米国ミシガン州イーストランシング)の心理学者David Solomonは、2010年現在で活動中の有料オープンアクセスジャーナル1370誌(同年中に出版された完全オープンアクセス論文の約40%に相当)を調べた。その結果、掲載料は8~3900ドル(約800~39万円)の範囲にあった。掲載料が高めだったのが「ハイブリッド」ジャーナルで、この場合には、通常、有料でしか閲読できない論文を、個別の論文ごとに無料で閲読できるよう出版社に依頼することができる(「論文出版にかかる費用」参照)。なお、オープンアクセス出版社の1論文当たりの掲載料は、2011年には平均で660ドル(約66,000円)だったとOutsellは推定している。

論文出版にかかる費用
論文出版にかかる費用 | 拡大する

Credit: J. WEST, C.BERGSTROM, T. BERGSTROM, T. ANDREW/JOURNAL CITATION REPORTS, THOMSON REUTERS

こうした掲載料は、非常に明解に示されているが、これ以外にも、オープンアクセス出版社が収入を得る手段は存在している。Outsellが指摘するように、例えば、平均660ドルという数値は、1つの論文から得られる本当の収入ではない。ここには、割引価格で出版された論文や、無料で出版された論文が含まれており、掲載料の徴収以外に、一部のオープンアクセス出版社が設定している会員制度による収入は含まれていない。また、小規模なオープンアクセス出版社の場合には、助成金を受け取り、大学や学会がサーバーのホスティング、コンピューター、建物スペースの費用を賄っていることが多い。多くの論文誌が、無料でのオープンアクセスが可能だというのは、そのためである。その一例が、定評ある古生物学のオープンアクセス誌Acta Palaeontologica Polonica だ。その運営費用の大部分は、ポーランド科学アカデミー古生物学研究所(ポーランド・ワルシャワ)に対する政府助成金によって賄われており、10ページ未満の論文の出版は無料になっている。もう1つの例がeLife で、ウェルカムトラスト(英国)、マックス・プランク協会(ドイツ・ミュンヘン)とハワード・ヒューズ医学研究所(米国メリーランド州チェビーチェイス)からの助成金で運営されている。また、複数のジャーナル間で資金援助を行っている出版社もある。例えば、PLoS BiologyPLoS Medicine は、PLoS ONE から助成金を受け取っている、とPLoS ONE の編集担当ディレクター Damian Pattinson は話す。

PLoS も BioMed Central も実際の経費に関する取材には応じていない(しかし、両社とも組織全体では黒字を計上している)。これに対して、今回、取材に応じた新興の出版社数社は、真の内部経費が極めて低いと話している。オープンアクセス学術出版社協会の会長で、オープンアクセス出版社 Hindawi(エジプト・カイロ)の最高戦略責任者である Paul Peters は、2012年に、彼のグループが2万2000編の論文を出版し、1論文当たりの費用が290ドル(約2万9000円)だったと話す。一方、研究者が運営する Ubiquity Press(英国ロンドン)の創設者でディレクターの Brian Hole は、平均費用が200ポンド(約3万2000円)、Binfield は、PeerJ の費用は、1論文当たり「数百ドル」と話した。

定期購読ジャーナルの出版社の状況も千差万別だ。その多くは、図書館、広告収入、定期購読料収入、著者からの掲載料、リプリント注文、採算性の高い別の論文誌からの助成など、さまざまな収入源を持っている。しかし、オープンアクセス出版社と比べて、経費の透明性は、さらに低い。この記事のための取材を行った定期購読ジャーナルの出版社の大部分は、価格や費用を明らかにしなかった。

定期購読ジャーナルの出版社に関しては、わずかな数値データしか存在しないが、この分野の場合にも経費に大きなばらつきのあることが明らかになっている。例えば、Proceedings of the National Academy of Sciences (米国ワシントンDC)のエグゼクティブ・エディターである Diane Sullenberger は、同誌がオープンアクセスに移行すれば、1論文当たり3700ドル(約37万円)を徴収する必要があると話す。Nature 編集長の Philip Campbell は、同誌の内部経費を1論文当たり2万~3万ポンド(約320万円~480万円)と見積もっている。多くの出版社は、論文出版事業が他の活動と絡み合っているために1論文当たりの経費の見積もりができないと話している(例えば、Science は、定期購読料によって、同誌の母体学会である米国科学振興協会(米国ワシントンDC)での活動費用も賄っているため、1編当たりの経費の内訳を算定できないと話している)。

一部の出版社の経営コストが他社よりも高い理由に取り組んでいる研究者は、利益率を理由に挙げることが多い。ただし、信頼性の高い数値データはなかなか得られない。例えば、Wiley は、かつて科学・技術・医学(STM)出版事業の税引前利益率を40%と発表していたが、2013年の財務諸表では、流通、技術、建物賃料、電気代などの経費である「共用サービス」の一部を科学出版に計上すれば、利益率は半減する点が指摘されていた。Elsevier の公表利益率は37%だが、複数の財務アナリストは、そのSTM出版事業の税引前利益率を40~50%と推定している(Nature は、利益率に関する情報を公表しない方針を表明している)。ただ、オープンアクセス出版社であっても利益を生み出すことは可能で、Hindawi の場合、2012年に出版した論文に関する利益率が50%だったと Peters は言う。

商業出版社は、学術機関が運営する組織よりも利益率が高いことが広く認識されている。英国ロンドンに本部のあるケンブリッジ経済政策協会が2008年に実施した研究による利益率の見積もりは、学会出版局20%、大学出版局25%、商業出版社35%だった3。このことが多くの研究者をいら立たせている、とロンドン大学インペリアルカレッジの学術コミュニケーション顧問の Deborah Shorley は言う。商業出版社の方が高い利益率をあげているからというよりも、むしろ、そうした利益が、科学や教育に還元されずに株主の手に渡っているからなのだ。

ところが、1論文当たりの経費に差が生じている理由として、利益率の違いは、さほど大きな意味を持っていない。オープンアクセス出版社の経費が低い理由は、ただ単に、比較的新しい論文誌であり、100%オンライン出版であるため、印刷工程を省略でき、定期購読料によるアクセス制限を行う必要がないからなのだ(「経費の内訳」参照)。小規模な新興出版社は、最新の電子的手段を用いて、全く新しいワークフローを設定できるのに対して、一部のすでに確立された出版社は、今も時代遅れのワークフローに取り組み、査読、組版、ファイル形式の変換やその他の作業を行っている。それでも歴史の長い出版社は、多額の技術投資を行っており、最終的には競合他社に追いつくと考えられる。

高コストの諸機能

掲載料の高額な論文誌の出版社は、そのコスト高に関して、別の2つの理由を示している。より多くの手間をかけており、厳しく選抜を行っているというのだ。出版社が、それぞれの論文にかける手間が増えれば、その論文誌で査読後に却下となる論文が増え、その結果、受理された論文を出版する経費が上昇するというわけだ。しかし、いずれの理由についても、低コストのビジネスモデルを擁護する人々から厳しい批判を受けている。

出版社は、査読過程を実施でき、この過程には、査読者の発見、査読結果の評価と投稿論文における剽窃行為のチェックが含まれる。論文の編集もでき、これには、校正、組版、図表の付加、ファイル形式をXMLのような標準形式に変換すること、合意された業界標準に準拠したメタデータの追加が含まれる。出版社としては、印刷版を流通させて、オンラインでの論文誌のホスティングもできる。また、一部の定期購読ジャーナルは、専任の編集者、デザイナーとコンピューター技術者からなる大型チームを擁している。しかし、全ての出版社が、こうした条件を全て満たし、全ての活動に同等の努力を払い、高賃金の専門スタッフを雇っているわけではない。例えば、PLoS ONE の編集者の大部分は、現役の科学者であり、同誌は、原稿整理のような機能を果たさない。一方、Nature など一部の論文誌は、読者向けに社説、解説論文、ニュース記事(このNews Feature記事も含まれる)といったコンテンツを追加的に制作している。「弊社の編集過程に関しては、好意的な反応があり、多くの科学者が、編集過程において論文に付加される価値を理解し、高く評価してくださっていることが我々の経験からわかります」。こう話すのは、Nature Publishing Group マーケティングディレクターの David Hoole だ。

「研究論文の出版費用は、一般に考えられているよりかなり安くできるのです。」

より多くの手間をかけることで、有用な価値が付加されるのかどうかが重要な問題になっている、とケンブリッジ大学(英国)の数学者Timothy Gowersは言う。彼は、2012年のElsevierに対する反乱を主導した(Nature http://doi.org/kwd; 2012参照)。科学者は、定期購読ジャーナルを高く評価するが、出版経費を定期購読者に広く転嫁するのではなく、著者が支払うこととした場合に、定期購読ジャーナルに対する高い評価が持続するのだろうか。「出版社の視点でこの問題を考えると、ひどく傷つくかもしれません。我々が出版にかける手間のかなりの部分について、科学者はそれほど評価していないのです。そうした手間が必要とされているかどうかというのが本当の問題点であり、その答えを見つけることは、かなり難しいのです」とGowersは話す。

数学、高エネルギー物理学やコンピューター科学といった分野の多くの科学者は、高い評価をしていない。こうした科学者は、審査を受ける前と後の論文を arXiv などのサーバーに登録している。arXiv の年間維持費は、約80万ドル(約8000万円)で、これは、1論文当たり約10ドル(1000円)だ。2013年1月には、数人の数学者がオープンアクセスジャーナル Episciences を提案した。科学者が独自のコミュニティー査読システムを構築し、arXiv 上で研究論文を保管し、最小限の費用で公開するという構想だ(Nature http://doi.org/kwg; 2013参照)。

こうしたアプローチは、プレプリントを共有する文化があり、理論的研究が行われ、あるいは、実験的研究の高度な精査が行われるコミュニティーに適しており、そこでは、出版社に対する論文投稿以前に論文の査読が結果的に行われている。しかし、その他の分野では、それほどの支持が得られていない。例えば、競争の激しい生物医学分野では、研究者は、競争相手に出し抜かれることを心配して、プレプリントの出版を行わない傾向があり、正式な(論文誌による)査読を重視する傾向がある。「もし、オープンアクセス運動から学ぶことがあるとすれば、全ての科学コミュニティーが同じようにできておらず、1つの方法を全てのコミュニティーに適用できるわけではないという点です」と Joseph は話す。

論文却下の効能

論文誌の費用にばらつきがあることと結びついているのが、却下された論文の数だ。2011年には、PLoS ONE (掲載料は1350ドル)で投稿論文の70%が出版されたのに対して、Physical Review Letters の掲載率は(オプションとしてのオープンアクセス掲載料が2700ドル[約27万円]のハイブリッド誌)は35%弱、Nature の掲載率は、わずか8%だった。

掲載料と掲載率の関係性は、論文誌の機能が論文の出版にとどまらないという事実が反映されている、と指摘するのは、ビクトリア大学(オーストラリア・メルボルン)の経済学者 John Houghton だ。出版社は、査読段階で、科学的妥当性以外の理由で論文を却下して、その論文を最も適切な論文誌に誘導することで、論文誌にフィルターをかけ、名声を与え、読者の注意を惹いているのだ。そのような誘導は、毎年出版される数百万編の論文の中から読む価値のある論文を見つけ出そうと苦労する研究者にとって必須だと出版社は主張し、その経費には、こうしたサービスも含まれるのだ。

掲載料が高額で厳しい選抜が行われる論文誌は、一般的に、名声も影響力も大きい。しかし、オープンアクセスの世界では、掲載料の高額な論文誌の方が、引用に基づいた影響力が大きいということは言えないとワシントン大学(米国ワシントン州シアトル)の生物学者 Jevin West は主張する。West は、研究者向けに、オープンアクセスジャーナルの費用対効果を評価するためのツールを無償で提供した(Nature http://doi.org/kwh; 2013参照)。

Eisen にとって、出版前に研究論文をフィルターにかけてブランド論文誌に振り分けるという考え方は、「売り」ではなく、「バグ」であり、印刷版の時代の無用な遺物なのだ。研究論文を論文誌の「ゴミ箱」に誘導するのではなく、出版後に、時代遅れの論文誌ではなく、論文自体に焦点を当てる指標であるダウンロード回数や被引用回数などを用いて、フィルターをかけることが可能だと Eisen は考えている(Nature 2013年3月28日号437ページ参照)。

一方、Elsevier の Alicia Wise は、そうした方法が、現在のシステムに置き換わる可能性を疑問視している。「フィルタリングと選別が、論文出版後に研究コミュニティーだけで行われるべきだという考え方は適切だと思いません」と Wise は言う。そして、出版社が選別のための査読によって作り出すブランドとそれに伴うフィルターによって真の付加価値が生まれるのであり、それを完全に排除する必要性がないと主張する。

この問題に関して、PLoS ONE の支持者は、すでに答えを用意している。最初は科学的妥当性だけの観点からの査読を行って、それに合格した核心部分のテキストを全ての読者に公開する。もし科学者が選別的な査読による誘導が必要だと思えば、レコメンデーションツールとフィルター(市販のものを利用してもよいかもしれない)を用いて文献の整理をできるようにするが、そのための費用は、少なくとも出版前の著者負担分には組み込まないというものだ。

こうした主張は、出版社、研究者、図書館と研究助成機関が複雑な相互依存的システムの中に存在していることを再認識させるものだ、と Houghton は言う。彼の分析とケンブリッジ経済政策協会の分析では、仮に1論文当たりの費用が変わらないとしても、出版システム全体をオープンアクセスに転換することに価値があるという見解が示されている。その理由は、まさに、定期購読料の壁に阻まれて読めない論文の入手や閲読のために時間をかけていた研究者が時間を節約できるようになる点にある。

オープンアクセスへの道

それでも、オープンアクセスへの完全移行の歩みは遅い。科学者が名声の高い定期購読ジャーナルに論文を投稿することには、経済的誘因が厳然として存在しているからだ。定期購読料は、大学図書館が支払う傾向があり、その費用を直接知ることのできる科学者は少ない。こうした科学者にとって、論文の出版は、結果的に無料になっている。ただし、当然のことながら、オープンアクセスの擁護者が強力に展開する倫理的主張、つまり、公的資金を受けた研究は誰にでも無償で公開しなければならないという主張に多くの研究者が心を揺り動かされてきているのも事実だ。

オープンアクセスジャーナルが先行していることには、もう1つ別の重要な理由があり、それは、図書館の予算が限界に達したことだ、とミシガン大学(米国アナーバー)の経済学者 Mark McCabe は言う。図書館が定期購読予算をこれ以上増額できないため、新しい論文誌が市場に参入するための唯一の方法は、オープンアクセスモデルの採用だったのだ。研究助成機関が、即時のオープンアクセスを新たに義務付けることで、オープンアクセスジャーナルの進展が加速する可能性がある。しかし、そうなったとしても、業界の経済的状況は不透明なままだ。厳しい選別を行う論文誌がオープンアクセスへの移行を選択すれば、これまで低かった掲載料が値上がりする可能性が高い。そして、一部の出版社は、システム全体をオープンアクセスに移行すると、論文誌側が、さまざまな収入源、例えば二次的権利などではなく、出版前に徴収する料金で全収入を賄う必要が生じ、論文誌の価格の高騰にもつながると警告している。「複数の医学雑誌の仕事をしてきましたが、そこでの二次的権利による収入は、収入全体の1%未満から3分の1までと、さまざまでした」とオックスフォード大学出版局(英国)の David Crotty は話す。

一部の出版社は、その最高級の雑誌の高い価格設定を維持できるかもしれないが、大規模なオープンアクセス出版社が、PLoS の成功例に追随して、名声が高く、厳しい選別を行う、高コストの論文誌から低コストで効率の高い論文誌への助成を試みるかもしれない。数種類の中級の論文誌で少ない数の論文を出版する出版社は、コスト削減を迅速に行えなければ、オープンアクセスモデルによって窮地に陥る可能性がある。「結局のところ、市場が払いたいと思うところで価格が決まるのです」。こう話すのは、Springer(オランダ・ドゥーティンヘム) の上級副社長 Wim van der Stelt だ。

理論上、オープンアクセス市場は、論文著者が掲載料とそれによって得られる価値を考量することを促進して、コスト削減をもたらす可能性がある。しかし、そうしたことは起こらない可能性もある。むしろ、研究助成機関も図書館も、会計を簡素化し、学術研究者の選択の自由を維持するために、科学者の代わりにオープンアクセス出版の費用を支払う方向に進むかもしれないのだ。一部の研究機関付属図書館では、すでに出版社の会員制度に加入して、所属研究員のために論文を無償又は割引価格で購入している、とJosephは話す。彼女は、そうした行動で、論文出版の費用がどのように支払われているのかという点に関する著者の自覚が低下し、コスト削減に対する誘因が弱くなることを心配している。

オープンアクセスへの移行は不可避だと多くの人々が考えているが、それは徐々にしか進まないだろう。英国で、研究助成金の一部がオープンアクセスに使われているが、図書館は、依然として、定期購読ジャーナルに掲載される研究論文の代金を支払う必要がある。その一方で、一部の科学者は、その同僚に対して、定期購読ジャーナルで出版する論文原稿を無償のオンライン版リポジトリに登録することを奨励している。すでに全論文誌の60%以上では、査読を受け、誌上発表のために受理された論文を著者自身がセルフアーカイブすることが認められている、とベテランのオープンアクセス支持者であるケベック大学(カナダ・モントリオール)の認知科学者 Stevan Harnad は言う。その他の論文誌の大部分では、論文著者に対して、しばらく(例えば、1年間)待ってからセルフアーカイブするように要請している。しかし、論文著者の圧倒的多数は、大学や研究助成機関から義務付けられない限り、論文原稿のセルフアーカイブをしていない。

このような熱意の欠如が示しているように、研究者と研究助成機関が何を望んでいるのかということが、完全なオープンアクセスに向けた動きの速さを決める基本的な力と言える。PLoS は、2012年に26,000編の論文を出版してサクセスストーリーになったが、自分が望んだような業界の変革を引き起こすための触媒にはなれなかった、と Eisen は話す。そして、こう語っている。「出版社が利益の目減りを甘受したことは予想外でした。でも、私が一番不満に思っているのは、オープンアクセスが出版方法として完全に実施可能な方法であることを認めない科学界のリーダーたちなのです」。

(翻訳:菊川要)

Richard Van Noorden は、Nature のアシスタント・ニュースエディター。

参考文献

  1. Laakso, M. & Björk, B.-C. BMC Medicine 10, 124 (2012).
  2. Solomon, D. J. & Björk, B.-C. J. Am. Soc. Inf. Sci. Technol. 63, 1485–1495 (2012).
  3. Cambridge Economic Policy Associates Activities, costs and funding flows in the scholarly communications system in the UK (Research Information Network, 2008).

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