疫学:イングランドとウェールズでのNHSのCOVID-19アプリの疫学的効果
Nature
2021年5月12日
英国の国民保健サービス(NHS)の、イングランドとウェールズ向けのCOVID-19接触追跡アプリの分析が行われ、このアプリによる重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の感染拡大防止効果が、2020年10〜12月に約10~90万例(分析方法によって異なる)だったと推定された。このアプリのユーザーで、SARS-CoV-2検査で陽性と判定され、接触者に対する通知を許可した者1人について、少なくとも1例のさらなる感染が阻止されたと考えられる。この研究知見は、接触追跡アプリの開発と展開を他の手段[ソーシャルディスタンシング(社会的距離の確保)、マスク着用など]と連動させて継続してCOVID-19の感染拡大を制御することの正当性を裏付ける証拠となっている。これらの知見について報告する論文が、Nature に掲載される。
イングランドとウェールズ向けのNHSの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)アプリは、2020年9月の公開以降、少なくとも1650万人のユーザー(総人口の28%)が日常的に利用している。このアプリのユーザーは、濃厚接触した者がCOVID-19の確定診断を受けたことが判明すると、通知を受け、ユーザー自身の隔離を指示される。今回、Christophe Fraserたちの研究チームは、このアプリが公開されてから3か月間に収集されたデータを分析した。
2020年10〜12月の研究対象期間中に、SARS-CoV-2検査において56万人のユーザーが陽性と判定され、このアプリから約170万件の曝露通知が送信された。Fraserたちは、数理モデル化によって、陽性判定を受けた者と濃厚接触していた旨の通知を受けたユーザーの約6%が、その後、自分も陽性判定を受けたことを報告するという推定結果を明らかにした。これは、手作業による追跡調査によって明らかになった割合に近い。次にFraserらは、このアプリの疫学的影響を推定するために、濃厚接触者の通知を受けた者がSARS-CoV-2に感染し、タイムリーに隔離される確率を明らかにする数理モデルを構築した。このモデルからは、感染拡大の防止効果が約28万4000例(10万8000~45万例の範囲)と推定された。また、Fraserたちは、統計解析を用いて、人口統計学的特徴、地理的特徴、ベースライン感染率が類似しているが、このアプリの利用率に差がある複数の地域を比較し、アプリの利用率が高いこととCOVID-19症例数が少ないことが関連していたことを実証した。この統計解析では、感染拡大防止効果がより大きいことが示唆され、研究対象期間中に約59万4000例(31万7000~91万4000例の範囲内)だった。
これらの推定結果には差があるが、不確定要素があるという制約の下で、両者間に一致点が認められ、両者共、アプリが感染拡大を抑制する点で有益であることを実証しているとFraserたちは指摘している。また、このアプリによって追跡された接触者の平均人数が、手作業による追跡調査によって明らかになった平均人数の2倍以上であることが明らかになったが、2つの方法は(異なる接触者を追跡するので)補完的である可能性がある。さらに、アプリ利用者が1%増加するごとに、症例数は0.8%(モデリングの場合)または2.3%(統計解析の場合)減少する可能性があることも明らかになり、薬剤によらない介入システムの一部として接触追跡アプリの使用を継続することの正当性が裏付けられた。
doi:10.1038/s41586-021-03606-z
「Nature 関連誌注目のハイライト」は、ネイチャー広報部門が報道関係者向けに作成したリリースを翻訳したものです。より正確かつ詳細な情報が必要な場合には、必ず原著論文をご覧ください。
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