ノーベル物理学賞は量子光学に
原文:Nature 490, 152 (号)|doi:10.1038/490152a|Physics Nobel for quantum optics
原子物理学に「革命をもたらした」手法が受賞。
粒子の量子特性はクモの巣のようにデリケートで、物理学者が測定しようとした途端に消えてしまいがちである。しかし、量子の世界に窓をあけ、これらの特性を明らかにすることは可能である。コレージュ・ド・フランス(パリ)の Serge Haroche と米国立標準技術研究所(コロラド州ボールダー)の David Wineland は、この業績により2012年のノーベル物理学賞を共同受賞した。賞金は2人で等分される。
Haroche は、原子を高感度のプローブとして利用して、空洞にトラップした光の粒子(光子)の測定を行った。Wineland のアプローチはその逆で、光を利用して原子の量子状態を測定した。どちらの手法も、量子力学の根本にかかわる現象を調べるのに役立ち、量子コンピューターや途方もなく精度の高い原子時計などの新しい技術の開発につながっている。Haroche は受賞の知らせに動揺したと言い、受賞が決まった直後の記者会見で、「電話番号を見て、スウェーデンからの電話であることがわかり、立っていることができませんでした」と語った。
量子の世界では、光や物質の粒子は奇妙な規則に従っている。例えば、1個の粒子は、互いに矛盾する複数の状態を同時に占めることができるし、粒子の集まりは、「エンタングルメント(量子もつれ)」というプロセスを通じて不思議に結びついている。しかし、これらの量子特性を観察するのは困難だ。粒子の量子特性は、孤立した状態でしか現れず、外界からのごくわずかな接触が量子状態を壊してしまうからである。つまり、測定という行為自体が系を乱してしまうということになり、これが実験を非常に困難なものにしているのだ。Haroche と Wineland が開発した手法は、物理学者が、このような状態を破壊することなく調べたり、操作したりすることを可能にした。
Haroche の実験では、超伝導体でできた一対の鏡の間でマイクロ波光子を繰り返し反射させて「光子の霧」を作り、そこにルビジウム原子を次々と送り込んで通り抜けさせた。そして、ルビジウム原子が空洞に入っていくときと出てくるときのスピンを測定することで、空洞内のマイクロ波光子の量子特性を間接的に調べることに成功した。彼らのチームは、この技術をさらに進歩させて、光子が取りうるすべての量子状態を同時に記述する波動関数を観察し、波動関数が崩壊して1つの明確な状態になるようすをモニターすることなども可能にした1。
Wineland のグループは、ベリリウムイオンを電場の中に閉じ込め、レーザーを利用してイオンの電子を励起することにより、これを冷やした。この操作により、系の振動エネルギーは奪われ、温度が下がる2。その結果、レーザーを使ってイオン間の振動を変化させ、系の中の量子的相互作用を制御することが可能になる3。マックス・プランク量子光学研究所(ドイツ・ガルヒンク)の物理学者 Immanuel Bloch によると、すでに、この手法を応用して、これまでになく高い精度の原子時計が製作されているという。彼らが開発した手法は、将来的には、量子力学の確率法則を利用して計算を実行する量子コンピューターにも応用できるはずである。
Bloch は、今回のノーベル物理学賞は、「量子物理学の基礎に大きな貢献をした2人を選んだ点で、賢明でした」とコメントすると同時に、量子光学分野のノーベル賞の受賞は今回が初めてではないことを強調する。これまでの研究の歴史が、Haroche や Wineland の手法をはじめとする今日の無数の手法を生み出して、研究者らは、ますます複雑な量子系を単離し、観察し、操作できるようになっているのだ。「我々は本当に、原子物理学の革命を目にしてきたのだと思います」と彼は言う。
参考文献
- Guerlin, C. et al. Nature 448, 889–893 (2007).
- Monroe, C. et al. Phys. Rev. Lett. 75, 4011–4014 (1995).
- Monroe, C. et al. Phys. Rev. Lett. 75, 4714–4717 (1995).