民主的誤謬(ごびゅう)
原文:Nature 462, 389(号)|doi:10.1038/462389a|Democratic fallacy
公聴会方式で予算配分を決めようという日本の取り組みは、日本自身のためになり、科学のためになるかもしれないが、今のやり方ではそうはならない。
日本政府は、今、少なくとも日本国内では革命的と思われる試みを行っている。官僚機構の外部にいる人々が国家予算の決定過程を監視し、さらに過激なことに、その過程に国民が参加しているのである。
11月11日から27日まで開かれた公聴会-事業仕分け-では、民間の専門家と国民の代表からなる行政刷新会議ワーキンググループが、約220件の主要政府事業について官僚を厳しく追及し、各事業の価値に関する自らの評価結果をもとに予算要求の妥当性を判定している。その結果として、多かれ少なかれ予算縮減、予算の全額カットという提言がなされている。来年度予算については、例年、12月末までに財務省原案の提出と政府案の閣議決定が行われるが、こうしたワーキンググループの提言、つまり事業仕分け結果がどの程度の影響を及ぼすかは、今のところ不透明である。
日本の科学技術政策の最高決定機関である総合科学技術会議は、各事業を科学的に再評価する責任を負っており、ワーキンググループが行っている「社会的評価」と対立的あるいは補完的な位置付けになっている。このワーキンググループを監督する行政刷新会議の議員の1人が財務大臣であることから、ほとんどの論者は、事業仕分け結果に重大な影響力があると確信している(Nature 2009年11月19日号258ページ「Japanese science faces deep cuts(大きく切り込まれた日本の科学技術予算)」参照)。
事業仕分けは、数十件の科学事業と最も基本的な科学研究補助金制度の一部について行われているが、このことに日本の科学コミュニティーの相当部分が苛立っている。しかし、理にかなった運営がなされれば、事業仕分けは前向きな展開となりうる。すなわち、日本では不十分な透明性と国民参加が、確実に促進されるはずである。これまでの日本の予算決定は、しばしば関係機関と官僚の間の取引によってなされていたが、透明性と国民参加は、そうした取引ではなく科学的必要性に基づいた予算決定を確かなものとするうえで役立つ。
ただし財務省としては、事業仕分け結果をどの程度重視するかを決める前に、事業仕分けのいくつかの大きな欠点を考慮すべきである。
例えば、総事業費が数千万ドル級の長期プロジェクト、特に10年以上前から継続している大型放射光施設SPring-8のような事業の場合、事業仕分けを担当するワーキンググループの19人のメンバーに科学者は数人しかおらず、この事業の関連分野の専門家は1人もいない。1人の官僚が、ワーキンググループに対して、こうした事業内容を1時間で説明して、事業の重要性についての理解を得ることが望めるだろうか。SPring-8については30~50%という大幅な予算縮減と判定されたが、これを最終判断とみなしてよいのだろうか。このような事業仕分けで、予算縮減がもたらす影響を適切に評価できるのだろうか。
日本のスーパーコンピューター開発事業は、事業仕分け結果のとおりに進めば、おそらく中止ということになるが、この事業を正当化するために用いられた「世界最速」という国家主義的なうたい文句にワーキンググループが疑問を呈したのは正しかったかもしれない。しかし、この事業については、再検討、規模縮小あるいは再交渉と判断する余地があった。事業規模を縮小しても、科学に十分貢献でき、事業存続を正当化できたかもしれないのである。ただ、総合科学技術会議でさえ、一般に科学的バックグラウンドのない官僚、そして産業界の代表者が大部分を占めていることを考えると、この再交渉では、事業仕分けで認められているより多くの科学者による情報提供が必要になるだろう。
全体的にみれば、ワーキンググループは、このような科学事業について理解を得ている社会的価値についてのフィードバックをもたらしており、これは有益なものとなるかもしれない。事業仕分けの対象となっているような大型公共投資の場合、こうしたフィードバックは、科学者が見落としがちな重要な観点となる。ただし、それに引き続いて対話を行うことが必要である。一般国民に科学者の仕事の進め方を評価させるのなら、科学者にも自らを弁護する機会を与えるべきである。
ある研究者がいうように、今回の出来事は「悪い夢」であり、来年1月に目を覚ませば、政府が事業仕分け結果を十分に検討したうえで予算案を決定していた、ということになるかもしれない。また、これから数年で、事業仕分けも落ち着くべきところに落ち着き、研究者も自らの研究の正当性を説明するためにこの課題を受け入れ克服できるようになるのかもしれない。しかし、今のままでは、事業仕分け結果が、予算決定過程における最終判断となり、今後数十年にわたって壊滅的な影響を及ぼす可能性をはらんでいる。