日本での科学技術予算削減の提言に激しい抗議の声
原文:Nature 462, 557(号)|doi:10.1038/462557a|Japan budget threat sparks backlash
ノーベル賞受賞者と一流の研究者が集結し、政府の歳出削減方針に抗議した。
日本の科学者が、新政権の予算削減方針に対する国内外の猛烈な抗議の声を結集させた。
いわゆる事業仕分けは、政府に任命された行政刷新会議ワーキンググループが、多くの大型研究事業を含む約220件の政府支出事業に対する予算の削減を提言する作業である。各グループは約20人のメンバーで執り行われているが、その中に科学者はほとんど含まれていない。ワーキンググループの提言は、来年度予算を3兆円削減するための政府の取組みの一環としてなされている。この仕分け作業は最終週を迎えた時、あちこちで抗議の声が上がった。
予算削減が提言された事業には、大型放射光施設SPring-8(兵庫県佐用町)や世界最速のスーパーコンピューター開発事業が含まれている。しかし提言は、それにとどまらず、多くの科学者の命綱である研究補助金の減額にまで及んでいる(Nature 号258ページ「Japanese science faces deep cuts(大きく切り込まれた日本の科学技術予算)」参照。
11月25日、急遽、東京大学で「ノーベル賞・フィールズ賞受賞者による事業仕分けに対する緊急声明と科学技術予算をめぐる緊急討論会」が開催され、出席した4人のノーベル賞受賞者と1人のフィールズ賞受賞者は、約1000人の参加者を前に、予算削減による潜在的なダメージについて語った(「日本の科学者、政府の科学技術予算削減への抗議に結集」参照)。緊急討論会の終わりでは、客席から大きな拍手が沸き起こり、「大学予算と研究補助金の配分を決める際に学術と科学技術の専門家の意見を取り入れること」を政府に求めるという著名な科学者たちが作成した声明に対して、賛同の意思が示された。
日本の科学政策の世界は、ふだんはもの静かで落ち着いたところなのだが、この1週間にこうした声明が、突然相次いで発表された。11月24日には日本のトップクラスの国立、私立の9大学の学長が集まって、政府の方針は「世界の潮流とまさに逆行する」とし、若手研究者に対する研究補助金と大学運営費関連予算の維持を求める声明を発表した。
11月25日には、コンピューターや情報技術を専門とする9大学の関連研究機関の長が、存続の危機に瀕したスーパーコンピューター開発事業への支援を求める声明を発表した。東京大学では、17あるグローバルCOE拠点のリーダーが署名した、予算確保に関する要望書が、東京大学総長名で発表された。それに加えて、日本のトップクラスの国立、私立9大学の学長とさまざまなグローバルCOE拠点のリーダー31人も声明を発表した。
東京大学での緊急討論会を組織した同大学の石井紫郎名誉教授(法学)は、この突然の抗議の高まりが、日本史上で最も騒然とした時期の1つだった1960年安保闘争を思い起こさせると話す。当時は、日米安全保障条約の改定に反対する教員と学生が激しい抗議運動を展開した。
「資源の乏しいわが国にとって、科学技術の脆弱化は国家の衰退を意味する」
討論会翌日の11月26日には、4人のノーベル賞受賞者(化学者の野依良治博士、免疫学者の利根川進博士、物理学者の江崎玲於奈博士と小林誠博士)と科学者の代表団が鳩山由紀夫首相と会談し、科学技術予算削減の見直しを求めた。会談後、野依博士は、Nature に対し、「会談の席で、スーパーコンピューター、加速器、バイオリソースといった世界的なインフラストラクチャーは、学界にとっても産業界にとっても、最高水準の科学技術研究を行ううえで絶対に必要だと指摘しました」と語った。
この会談で、日本在住の8人のノーベル賞受賞者全員が署名した要望書が鳩山首相に手渡された。要望書では、「資源の乏しいわが国にとって、科学技術の脆弱化は国家の衰退を意味する」と指摘している。
これに対し、鳩山首相は、「サイエンスを強く支援していきます。ノーベル賞受賞者の意見を参考に、今後の方向を考えたいと思います」と答えた。
事業仕分けは11月27日に終了したが、最後の数日間にワーキンググループは、国際的なITER核融合プロジェクトの一環として計画されている、日欧協力による熱核融合実験炉について予算要求を全額認めた。これは、新エネルギー源とグリーンテクノロジーの開発に積極的な鳩山政権の方針と合致している。
一方、宇宙航空研究開発機構を含むコンソーシアムが開発中の中型ロケットについては、予算計上の見送りという評価結果となった。またワーキンググループは、既に、ニュートリノ観測所「スーパーカミオカンデ」(岐阜県飛騨市)、マウナケア天文台(米国ハワイ州)に設置された国立天文台のすばる望遠鏡をはじめとする、主要な大学関連研究所の総額約970億円の予算についても縮減を提言している。その縮減額は明示されていない。
東京大学数物連携宇宙研究機構の村山斉機構長は、特に、海外の研究仲間からの支援を積極的に募ってきた。「全世界の著名な科学者に、文部科学省副大臣宛てにEメールを送るよう要請してきました。現在私の知るかぎりでは、約100人の科学者が要請に応えてくれています」と村山機構長は話す。
また、ローレンスバークレー国立研究所(米国カリフォルニア州バークレー)のノーベル賞天体物理学者ジョージ・スムートは、予算の削減により「日本は信頼できるパートナーでないとの強いメッセージを世界に送ることになるでしょう」と語ったことが日本のメディアで報道された。
ハワイ大学(米国)の海洋地球物理学者グレッグ・ムーアは、世界最大の地球深部探査船「ちきゅう」を用いた深海地球ドリリング計画について、10~20%の予算縮減が提言されたことを嘆いている。ムーア氏は、「この技術の賜物であり宝である『ちきゅう』の運営費を削減して無駄に放置するようなことを、日本政府が正当な理由で決定できるとは到底思えません。全世界の海洋地球科学のコミュニティーで、統合国際深海掘削計画(IODP)における日本の指導力に対する信頼は急速に低下していくでしょう」とした意見書を文部科学省に送った。
政府は、ワーキンググループの提言を検討中で、年内に予算案を発表する予定だ。