発生生物学:シャーレの中で作られたヒト胚盤胞様構造
Nature
2021年3月18日
実験室でのヒト胚盤胞様構造の作製について記述した2編の論文が、Nature に掲載される。今回の知見は、ヒトの初期発生を研究するためのモデルをもたらし、初期の発生異常に関する識見につながり、新しい体外受精(IVF)関連治療の開発に役立つ可能性がある。
受精卵は受精後数日で胚盤胞に成長する。胚盤胞は、胚細胞の塊を含む液体で満たされた空洞と、それを取り囲む外側の細胞層からなる球状構造をなしている。しかし、ヒトの初期胚発生に関する我々の理解は、適切なモデルが存在しないために制限されてきた。IVF後に研究用に提供されたヒト胚盤胞はさまざまな識見をもたらしたが、その入手可能性と使用は限られている。最近、マウスの初期発生のいくつかの側面をモデル化した、「ブラストイド」と呼ばれるマウス胚盤胞様構造が実験室で作製された。しかし、これと類似したブラストイドがヒト細胞から作製されたという報告はなされていない。
今回、Jose Poloたちは、実験室内で、結合組織中の主な細胞タイプであるヒト繊維芽細胞を再プログラム化し、ヒト胚盤胞の3次元モデル「iBlastoid(誘導ブラストイド)」を作製した。Poloたちは、iBlastoidが、胚盤胞の全体的な構造をモデル化しており、多能性幹細胞と栄養膜幹細胞を生み出せることを見いだした。またPoloたちは、着床の初期段階のいくつかの側面をモデル化することもできた。しかしPoloたちは、iBlastoidはヒト胚盤胞と同等と見なすべきではないと指摘している。
別の研究では、Jun Wuたちが、ヒト多能性幹細胞から胚盤胞様構造「ヒトブラストイド」を作り出す3次元培養戦略を開発した。ヒトブラストイドは、その形態、サイズ、細胞数、さまざまな細胞系譜の組成において、ヒト胚盤胞と類似している。ヒトブラストイドは、胚性幹細胞と胚体外幹細胞を作り出すことができ、着床前後のヒト胚の特徴を有する構造へと自己組織化できる。さらに、Wuたちは、ブラストイドの空洞部の形成におけるプロテインキナーゼCシグナル伝達の役割を明らかにした。ただしWuたちは、ヒトブラストイドはヒト胚盤胞と同等ではなく、生存可能な胚を生み出すことはできないと強調している。
以上の2つのモデルは、ヒトの初期発生の重要な側面を再現しているが、実際のヒト胚との相違点が一定数存在するため、ヒト胚と同等のものと考えるべきではない。同時掲載のNews & Viewsで、Yi ZhengとJianping Fuは、プロトコルが最適化されれば、これらのブラストイドがヒト胚盤胞をより厳密に模倣するようになり、そのため生命倫理上の問題が生じると指摘しており、「従って、ヒトブラストイドを含むヒト胚モデルの開発研究を続けるためには、そのような研究の科学的意義だけでなく、その研究が提起する社会的問題と倫理的問題について、公に議論する必要がある」と述べている。
doi:10.1038/s41586-021-03372-y
「Nature 関連誌注目のハイライト」は、ネイチャー広報部門が報道関係者向けに作成したリリースを翻訳したものです。より正確かつ詳細な情報が必要な場合には、必ず原著論文をご覧ください。
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