加齢:若齢マウスの脳脊髄液が老齢マウスの記憶機能を改善する
Nature
2022年5月12日
老齢マウスに若齢マウスの脳脊髄液を投与したところ、老齢マウスの記憶機能が改善され、この改善が、神経細胞の機能を回復させることが実証されている増殖因子に起因する可能性のあることが明らかになった。この知見を報告する論文が、Nature に掲載される。今回の知見は、若齢マウスの脳脊髄液が老齢マウスの脳を若返らせる可能性のあることを実証している。
脳が老化するにつれて、認知機能の低下が顕著になり、それと同時に認知症や神経変性疾患のリスクが高まる。一生の間に全身性要因がどのように脳に影響を与えるのかが解明され、脳の老化を遅らせる可能性のある治療法に関する手掛かりが得られた。脳脊髄液は、脳が直接触れる環境の一部であり、脳細胞に栄養素、シグナル伝達分子、増殖因子を供給している。しかし、脳の老化において脳脊髄液が果たす役割は、よく分かっていない。
今回、Tony Wyss-Corayたちは、脳脊髄液の若返り作用の可能性を検証するために、若齢マウス(10週齢)の脳脊髄液を老齢マウス(18月齢)の脳に注入したところ、老齢マウスの記憶機能が改善されたことを報告している。若齢マウスの脳脊髄液は、脳の記憶中枢である海馬に含まれるオリゴデンドロサイト前駆細胞の刺激を増加させることが示されている。オリゴデンドロサイト前駆細胞は、オリゴデンドロサイト(神経細胞の一種)とミエリン(神経細胞を保護する脂肪物質)を再生する機能を果たしている可能性がある。
Wyss-Corayたちは、これらの作用の根底にある機構を明らかにするために、若齢マウスの脳脊髄液によって活性化されるシグナル伝達経路を調べた。その結果、若齢マウスの脳脊髄液がオリゴデンドロサイト前駆細胞に影響を及ぼす過程にSRF(転写因子の一種)が介在しており、老齢マウスの海馬ではSRFの発現が低下していることが明らかになった。また、Wyss-Corayたちは、SRFシグナル伝達を誘導する分子の候補としてFgf17(繊維芽細胞増殖因子の一種)を特定した。Fgf17の発現は、老齢マウスにおいて低下することが明らかになっている。一方、老齢マウスにFgf17を注入すると、若齢マウスの脳脊髄液を注入したときに見られた効果が再現され、オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖が誘導され、記憶機能が改善された。
Wyss-Corayたちは、今回の知見により、老化した脳を若返らせる可能性のある分子としてFgf17が特定されたと結論付けている。同時掲載のNews & Viewsでは、Miriam ZawadzkiとMaria Lehtinenが、「この研究は、FGF17が治療標的となる可能性を意味するだけでなく、治療薬が脳脊髄液に直接到達することを可能にする薬物投与経路が認知症の治療に有益かもしれないことも示唆している」と述べている。
doi:10.1038/s41586-022-04722-0
「Nature 関連誌注目のハイライト」は、ネイチャー広報部門が報道関係者向けに作成したリリースを翻訳したものです。より正確かつ詳細な情報が必要な場合には、必ず原著論文をご覧ください。
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