神経科学:ヒト脳モデルの改良
Nature
2022年10月13日
ヒト幹細胞由来の脳様組織が、生後間もないラットの脳に組み込まれて、そのラットの行動に影響を与えたという研究結果を報告する論文が、Nature に掲載される。この知見で、ヒト神経精神疾患の現実的なモデルを作成する能力が向上する可能性がある。
ヒト幹細胞から作られる脳オルガノイドは、ヒトの発生と疾患をモデル化するためのプラットフォームとして有望視されている。しかし、生体外で培養されたオルガノイドは、現実の生物に存在する神経接続性がないため、成熟が制約され、行動を制御する他の神経回路に統合されない。そのため、オルガノイドが、遺伝的に複雑で、行動的に定義された神経精神疾患をモデル化する能力に限界がある。以前の研究で、成体ラットの脳にヒト脳オルガノイドを移植する試みが行われたが、このオルガノイドはうまく成熟しなかった。
今回の研究で、Sergiu Pașcaたちは、ヒトの脳オルガノイドをラット新生仔の脳の体性感覚皮質に移植した。体性感覚皮質は、体のあちこちから触覚などの感覚情報を受け取って処理する領域だ。この実験で、オルガノイドは成熟し、その一部が神経回路に統合され、ラットの脳内で機能性を示した。Pașcaたちは、この統合によってヒト細胞の活動とラットの学習行動の関連性を樹立し、移植されたニューロンがラットのニューロンの活性を調節し、報酬探索行動を推進できるかもしれないことを示した。また、オルガノイドのニューロン群は、ラットのヒゲを屈曲すると活性を示した。このことは、移植されたニューロンが感覚刺激に応答できることを示している。さらにティモシー症候群(心臓疾患に関連する重篤な遺伝性疾患)の患者3人に由来する細胞を移植したところ、特定のニューロンの異常が明確に示され、この移植技術が、これまで知られていなかった疾患の特徴を明らかにする能力を有することも示された。
Pașcaたちは、今回の手法は、ヒトの脳の発達と疾患に関する実験室での研究を補完する強力なリソースになるかもしれないという考えを示している。今後の研究により、患者由来細胞において、これまで解明されていなかった疾患特性を明らかにできる可能性がある。
doi:10.1038/s41586-022-05277-w
「Nature 関連誌注目のハイライト」は、ネイチャー広報部門が報道関係者向けに作成したリリースを翻訳したものです。より正確かつ詳細な情報が必要な場合には、必ず原著論文をご覧ください。
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