がん:大気汚染によって一部の肺がんが促進される過程
Nature
2023年4月6日
微小粒子状物質による大気汚染が、体内で既に生じている肺がん特異的な遺伝的変異の増殖を促進し、それが腫瘍の進行を助長するという可能性を示唆した論文がNatureに掲載される。
大気汚染への曝露が多いことは、肺がんの発生率が高いことと関連している。この関係の主たる要因は、粒子状物質(PM)、特に直径2.5マイクロメートル以下の微粒子(PM2.5)であり、PM2.5は肺の深部まで到達する。環境要因と肺がんに関連する遺伝的変異(例えば、非小細胞肺がんで最も多く変異しているEGFR遺伝子とKRAS遺伝子の変異)との相互作用については、解明が進んでいない。
今回、Charles Swantonたちは、4カ国(英国、台湾、韓国、カナダ)のEGFR変異肺がん患者(3万2957人)を対象に、PM2.5への曝露と肺がんの発生頻度との関係を調べた。この論文では、曝露されたPM2.5の濃度が上昇することとEGFR変異肺がんの推定発生率が上昇することが関連していることが報告されている。この関連性は、英国バイオバンクの参加者(40万7509人)のデータによって裏付けられた。また、カナダの肺がん患者(228人)のコホートの観察によると、PM2.5を含む大気汚染物質への曝露を3年間続けた後の肺がん症例の発生頻度は、PM2.5の濃度が高い場合が73%、低い場合が40%だった。このカナダのコホートにおいて、大気汚染物質への曝露を20年間続けた場合には、この関連性が観察されなかった。このことから、高濃度の汚染物質への曝露が3年間続くことが、肺がんの発生に十分であるという可能性が示唆された。
今回の研究では、マウスモデルを用いて、大気汚染に関連したがんの進行の背景になっていると思われる細胞過程を調べた。その結果、PM2.5が、免疫細胞の肺への流入とインターロイキン-1β(炎症誘発性シグナル伝達分子の一種)の放出を引き起こすと考えられることが明らかになった。また、PM2.5は、肺がんの2つのマウスモデル(EGFRモデルとKrasモデル)において、炎症を悪化させ、腫瘍の進行をさらに促進することが観察された。そして、PM2.5への曝露が続いている間にインターロイキン-1βを阻害すると、EGFR駆動型の肺がんの発生を防げることが明らかになった。さらに、Swantonたちは、II型肺胞細胞(AT2細胞)がPM2.5の存在下で肺腫瘍を発生させる可能性のある細胞であることを示した。
以上の結果をまとめると、PM2.5が発がんプロモーターとして作用し、既に存在しているがん性変異をさらに悪化させるという可能性が示唆される。この関係について解明を進めれば、公衆衛生上の優先課題として大気の質に取り組むイニシアティブを支持する論拠となるだけでなく、疾病予防の道も開かれる可能性がある。
doi:10.1038/s41586-023-05874-3
「Nature 関連誌注目のハイライト」は、ネイチャー広報部門が報道関係者向けに作成したリリースを翻訳したものです。より正確かつ詳細な情報が必要な場合には、必ず原著論文をご覧ください。
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