神経変性疾患:脳下垂体由来の成長ホルモン投与を受けた患者の伝播性アルツハイマー病の科学的根拠
Nature Medicine
2024年1月30日
ヒトの死後脳下垂体から抽出した成長ホルモンの投与(現在では禁じられている方法)を小児期に受けた5人の患者は、その認知機能に、アルツハイマー病の診断基準を満たす早期の進行性障害を発症していたことが分かった。このような結果に至ることは非常に珍しいが、この知見から、アルツハイマー病には医療によって生じる型(医原性のタイプ)が存在する可能性が示唆された。ただし、この型のアルツハイマー病が、日常診療や日常生活などでも伝播するという証拠はない。
1959年から1985年にかけて、英国では、少なくとも1848人の患者にヒトの死後脳下垂体から抽出したヒト成長ホルモン(c-hGH)が投与された。これらの人々の一部が投与されたのがプリオンで汚染されたc-hGHで、その後にクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)で死亡したため、その後世界中で、このような抽出物は使用されなくなった。これまでに行われた死後の分析によって、これらの患者の一部では脳にアルツハイマー病の特徴であるアミロイドβ病変が見られたことが明らかになっている。しかし、こういった患者が生前にアルツハイマー病の兆候を示していたかどうかは、CJDの症状に隠れてしまうため、はっきりしていなかった。ただしこれまでの研究で、保管されていた一部のc-hGHにはいまだに測定可能量のアミロイドβが含まれていて、これによってマウスに病変が伝播することが明らかにされている。
今回の研究でJohn Collingeらは、小児期にc-hGHの投与を受けたがCJDを発症しなかった8人の英国人患者について調べた。これらの患者のうち5人に、アルツハイマー病の診断基準を満たす早期発症型認知症(症状が現れるのが38~55歳)の症状が見られ、2つ以上の認知領域に、日常生活における通常の活動に影響が表れる程度の進行性の障害が認められることが分かった。残る3人のうち1人には軽度認知障害の診断基準を満たす症状があり(発症は42歳)、もう1人には認知障害の自覚症状だけがあり、最後の1人は無症状だった。
バイオマーカーの解析(症状のない場合には診断に利用できない)では、アルツハイマー病と診断された患者のうち2人の診断が裏付けられ、もう1人もアルツハイマー病が示唆された。Collingeらは、研究期間中に死亡した2人の患者の解剖を行い、広範な脳組織試料を採取した。2人のうちの1人には、アルツハイマー病の病変が認められた。さらに、試料が入手できた5人の患者について早期発症型アルツハイマー病の原因遺伝子の検査を行ったが、陰性だった。Collingeらは、これらの知見から、アルツハイマー病には伝播の可能性があることが示され、CJDと同様にアルツハイマー病にも、孤発性、遺伝性、珍しい後天性という型がある可能性があると述べている。
c-hGHは既に使用されなくなっており、今回の研究の対象となった患者は数年間にわたって複数回投与を受けた後に発症していることから、Collingeらは、アルツハイマー病が医療を介して伝播する可能性は非常に低いと指摘している。それでも、アミロイドβの伝播が認められたことによって、他の治療や医療処置を介した偶発的な伝播を防ぐ方法の見直しの必要性が浮き彫りになったとも述べている。Collingeらは、これらの知見は、他の型のアルツハイマー病の発症過程にも関わる可能性があり、治療戦略に関係する手掛かりになるかもしれないと結論付けている。
doi:10.1038/s41591-023-02729-2
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