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蝶の目玉模様の多様化

Nature Reviews Genetics

2002年3月1日

鱗翅類学者と進化生物学者は、チョウの翅を飾る美しい模様に何世代にもわたって魅せられてきた。極めて多様な色や形状に夢中になったのだ。ところが進化生物学者が、この多様性(より正確に言えば、変異型遺伝子に自然選択が働いて、このような多様性が生じたこと)の原因を解明しようとしたが、困難を極めていた。今回の研究でPatr団ia Beldadeたちは、候補遺伝子法と人為選択実験を組み合わせて、熱帯蝶Bicyclus anynanaの翅の眼状紋の大きさが多様であることに対する遺伝的原理を解明しようと試みた。その結果、Distal-less(Dll)遺伝子の関与によって眼状紋の大きさに多様性が生じたことが強く示唆され、重要な適応形質を研究する際に進化発生生物学が強みを発揮することが明らかになった。  Beldadeたちが、転写因子をコードするDllを研究対象に選んだのは、この遺伝子には眼状紋発生過程で集合活性があるという研究報告(Nature Reviews Genetics 2001年12月号Highlights欄参照)があったからだ。ただし眼状紋が発生する位置の決定にDllが関与することが解明されても、個体間で眼状紋の大きさにばらつきがあることの原因がDllの多様性であることを証明したことにはならない。今回の研究で、Beldadeたちは、自然個体群で変異型Dllと眼状紋の大きさとの対応関係を調べるのではなく、B anynanaを9世代にわたって人為選択し、眼状紋の大きな系統と眼状紋の小さな系統を作り出し、Dllの多型性を2つの系統に分離させることを目指した。この人為選択実験が成功した事により、眼状紋の大きさが遺伝性の高い形質であることが示された。またBeldadeたちは、Dllの発現ドメインと眼状紋の大きさとが相関していることを見出しただけでなく、眼状紋の大きな系統と小さな系統とのハイブリッドとその親のいずれかとの戻し交雑による子の表現型が系統特異的なDll多型性に分離することも見出し、自らの仮説を補強した。もちろんBeldadeたちが指摘するように、この研究では連鎖遺伝子座の関与が否定されていない為、Dllと眼状紋の大きさという形質との間に関連性があることが解明されても、Dll自体が関与していることを正式に証明したことにはならない。しかし推定量的形質遺伝子座のLOD得点がDllで最大となり、あるいは他の隣接領域よりも非常に高かったことで、Dllの関与によって戻し交雑による子孫の表現型に多様性が生じているという仮説の正しさは、さらに裏付けられた。  Dll対立遺伝子が眼状紋の大きさの多様性の原因であるとして、具体的な原因遺伝子を同定するためには、研究を相当に積み重ねていく必要がある。そして今回の実験が示しているように、人為選択された系統間に見られる表現型の違いを説明するためにはDll以外の数多くの要因が必要となる。たとえそうであっても今回の研究は、個体群において持続的に存在している量的多様性と既知の発生経路とを結びつけた好例であり、適応の観点からの重要性が知られている形質を研究対象としたことで、その意義がさらに高められている。

doi:10.1038/fake463

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