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アリとB遺伝子

Nature Reviews Neuroscience

2002年1月1日

アリやハチといった社会性昆虫が見せる複雑な社会的行動(進化によって生じた行動や何らかの調節メカニズムによる行動)を解明しようとする場合、研究の糸口を見つけることが1つの問題点となる。ところが複雑な社会的形質の実例を発見する作業は、多様な行動の背後にある遺伝的メカニズムの解明が可能な実例はもちろんのこと、遺伝することが明白な実例についても困難を極めた。これに対してKriegerとRossは、特筆すべき発見をScience誌で報告した。彼らは、ヒアリ(Solenopsis invicta)のコロニーに生息する女王アリの数が1匹(単女王制コロニー)か2匹以上(多女王制コロニー)かを決定する遺伝子を同定したのだ。今回同定された遺伝子は、ヒアリのコロニーに生息する女王アリの数を調節する可能性のある神経メカニズムについての興味深いヒントとなる。 ヒアリは南米の在来種だが、1930年代に米国に輸入され、それ以来、米国南東部のほとんどの地域に生息地を広げた。ヒアリのコロニーは単女王制、多女王制の両方があり、そのいずれになるかは1つの遺伝子(Gp-9)によって決定されることが既に実証されている。Gp-9においてB対立遺伝子がホモ接合になっているアリによって構成されているコロニーは常に単女王制であるのに対して、b対立遺伝子を持つアリのコロニーは多女王制である。 KriegerとRossはGp-9の配列を決定し、この遺伝子にフェロモン結合タンパク質がコードされていることに発見した。フェロモン結合タンパク質は昆虫間の化学的コミュニケーションにとって極めて重要で、クチクラ(角皮)の孔から感覚ニューロン上の受容体に臭気分子を輸送する。コロニーに生息して産卵する女王アリのフェロモンには化学的特徴があるが、働きアリは、この化学的特徴を認識して、女王アリを受け入れたり、殺したりして、その数を調節する。このためGp-9によってコードされるフェロモン結合タンパク質は、働きアリが女王アリの化学的特徴を認識する際に関与している可能性がある。またB対立遺伝子とb対立遺伝子との間にはヌクレオチド9個分の違いがあることから、働きアリが女王アリの化学的特徴を認識する能力に個体差が生じている可能性もある。 複雑な社会的行動に根本的かつ広範な影響を与える単一の遺伝子を同定したのは、今回の研究が初めてである。このような遺伝子の存在が判明したことから、遺伝学、行動学と神経生物学の手法を組み合わせて、ヒアリのコロニーにおける女王アリの数の調節経路全体を遺伝子から行動まで詳細に解明することが可能だという希望が生まれた。またKriegerとRossも指摘するように、この遺伝子を研究すれば、社会的行動の進化についての理解も深まるだろう。

doi:10.1038/fake508

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