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忘れられないメカニズム

Nature Reviews Neuroscience

2003年1月1日

Natureに掲載されたA V Egorovたちの論文では、単一ニューロンの活動に持続的かつ段階的な変化が見られることがあり、これが作動記憶の単純なメカニズムである可能性が示されている。彼らの論文では、嗅内皮質のニューロンに短い刺激が加わると、その発火率が増加あるいは減少し続けるような応答が見られ、また刺激が連続的に加わると段階的な活動パターンが生じることが述べられている。 作動記憶(脳が情報を短期間保持する機能)は、その誘因となった刺激が消滅しても持続するニューロンの活動に依存するらしい。例えば、特定の刺激を短期間覚えていなければならないような行動課題をサルが行う場合、このサルが刺激を覚えている間は、嗅内皮質を始め脳のさまざまな部位のニューロンの活動が持続する。このような持続的な活動には、回路の付近で活動を反響させるニューロン網が関与していると一般に考えられている。 ところがEgorov et al.の論文では、ニューロンの持続的活動がシナプス反響によらないことを示す証拠が発見されたことを記されている。Egorovたちは、in vitro脳切片標本を使って、嗅内皮質第V層のニューロンの特性を調べたのだが、この脳切片を神経伝達を遮断する薬剤の組み合わせによって処理して、個々のニューロンをシナプス入力から完全に隔離した場合でも、これらのニューロンが長期間にわたって発火しうることを発見した。このニューロンの活動は、コリン作動薬であるカルバコールで処理された場合に見られた。このことは、コリン作動薬が記憶過程に重要な影響を与えること、そして嗅内皮質でコリン作動薬による強力な神経支配が行われるという従来からの知見とも整合している。 このような条件下で嗅内皮質第V層のニューロンに短い脱分極性刺激を加えたところ、その発火率が安定的に上昇し、長い場合には数分間持続した。また、この刺激を数秒おきに繰り返し加えた場合には、発火率は段階的に上昇し続けた。ニューロンに加えられた刺激が大きいと発火率も高かった。過分極性刺激を加えると、発火率は段階的に低下した。これらのニューロンのムスカリン性受容体を活性化させるコリン作動性入力によって、ニューロンが神経統合機能を果たし、直近の刺激と類似したものを表現すると考えられるのだ。 それでは、このニューロンの活動が長期間持続しているのは、どのようなプロセスによっているのだろうか? ニューロンの活動が、電圧依存性カルシウムチャネルを通って細胞内へ流入するカルシウムに依存するという発見が、ある程度のヒントとなる。フルフェナム酸は、カルシウム依存性の非特異的陽イオン電流を遮断するが、ニューロンの持続的活動はフルフェナム酸によって阻害されたことから、カルシウムによって非特異的な陽イオン電流が生じると考えられる。 シナプス入力から隔離された単一ニューロンが、作動記憶過程に似た段階的かつ持続的な活動をするという刺激的な発見には、数多くの疑問点がある。このニューロン活動の機構を明らかにするためには、今後かなりの研究が必要となろう。また、この活動が作動記憶にとって本当に重要なのかという疑問もある。同じ号のNatureでは、B ConnorsによるNews and Views論文が掲載されており、Connorsは、これらのニューロンが記憶の神経回路網にとって極めて重要な一部となっている可能性があり、おそらくはその安定性を維持する上で役立っていると考えられると述べている。

doi:10.1038/fake510

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