カスパーゼは私たちのともだち?
Nature Reviews Neuroscience
2003年3月1日
カスパーゼ3の活性化は、今では細胞死とほぼ同じことを意味すると考えられている。このためカスパーゼ3の分解が、プレコンディショニングという神経保護作用の極めて重要な要素となっている可能性を示す研究論文が発表されたことは、驚きをもって受け止められている。Proceedings of the National Academy of Sciences of the USAに発表されたMcLaughlin et al.の論文では、カスパーゼ3の限定的な活性化に依存して、その後の神経保護作用が誘導されるプレコンディショニングのメカニズムが示されている。
一過性虚血のような一時的な発作を経験していると、さらに重度の発作が起こった際にニューロンが損傷を受けずにすむことがある。これがプレコンディショニング効果だが、このためにはタンパク質合成が必要で、通常はアポトーシス経路の初期段階に伴って発生する諸過程に依存することが知られている。例えばATP感受性K+チャネル(KATP)の開放につながる代謝機能不全、活性酸素種(ROS)の産生、そして熱ショックタンパク質(HSP)の活性化が、プレコンディショニングの一因となることがある。
今回発表された研究論文によれば、プレコンディショニングが起こっている間に「細胞死」経路がかなり進行することが示されている。プレコンディショニングのin vivoモデル、in vitroモデルのいずれによる実験でも、プレコンディショニング処理によってカスパーゼ3分解が起こり、神経保護作用が最大となる時期のニューロンには分解されたカスパーゼ3が発見されたのだ。ところが分解されたカスパーゼ3が存在していても、プレコンディショニングされたニューロンにはアポトーシスによる細胞死の徴候は見られなかった。
McLaughlin et al.の研究では、神経保護作用におけるカスパーゼ3の役割を調べるため、in vitroモデルを使って、アポトーシス経路のさまざまな段階を阻害しようと試みた。KATP活性化やカスパーゼ分解を阻害したり、ROSスカベンジャーを使用した場合に、神経保護作用は起こらなくなった。またROSスカベンジャーやKATP阻害剤によってもカスパーゼ3の分解が起こらなくなった。このことは、カスパーゼ3の活性化がROSとKATPの活性化に依存していることを示している。
またプレコンディショニングの際にはBcl-xL(抗アポトーシスタンパク質)の合成が誘導されたが、このBcl-xL誘導には、プレコンディショニングの他の側面の重要な特性が見らなかったので、神経保護作用の原因となっている可能性は低いとされた。それよりも有望な原因物質がHSP70だ。HSP70はシャペロンタンパク質で、やはりプレコンディショニングの際に誘導される。in vitroモデルを使った実験では、HSP70の誘導が、プレコンディショニングを阻害する処理(カスパーゼ3分解の阻害など)によっても阻害された。McLaughlinたちは、最初の発作によってROSとKATPが活性化し、カスパーゼ3分解を引き起こす、というプレコンディショニングのモデルを提唱している。すなわち、分解されたカスパーゼ3は、恒常的に発現されるHSP70ホモローグのHSC70(70kDa熱ショックタンパク質)と結合し、この結合の結果、カスパーゼが活性化してもアポトーシスは起こらなくなる。もしHSC70やその他のカスパーゼが結合するタンパク質が不足すると、フィードバックループが形成され、HSP70が発現される。HSP70の発現量が増えれば、ニューロンが損傷を受けなくなると考えるのだ。
この仮説を裏づけるように、McLaughlinたちの研究では、培養細胞を過剰な量のHSC70で処理したところ、プレコンディショニングによるHSP70の増加が起こらなくなり、神経保護作用が阻害された。この仮説を検証し、特にin vivoや他のプレコンディショニングの形態において上述のメカニズムが機能していることを実証するためにはさらなる研究の積み重ねが必要なのは明らかだ。それでも、ニューロンが損傷を受けなくなる複数のプロセスについて解明を進めれば、神経保護治療の新たな標的を発見できるかもしれない。McLaughlinたちも指摘しているが、アポトーシス経路によって神経保護メカニズムが誘導されるかもしれないと考えていくと、この経路を阻害することを目的とした治療法の再評価が必要となるかもしれない。
doi:10.1038/fake513
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