Highlight

記憶のリメーク

Nature Reviews Neuroscience

2004年6月1日

安定した記憶を保つためには、記憶を想起した後に「再固定」させる必要があり、この再固定過程と当初の長期記憶の固定過程との間にはいくつかの共通の特徴(例えばタンパク質の合成を必要とする点)があることを示す証拠が蓄積されてきている。しかし、このほどScienceに発表されたLee et al.の論文では、海馬における記憶の固定と再固定では異なる細胞過程が関与していることが示された。
この研究でLeeたちは、文脈恐怖条件付け学習記憶を調べた。ラットを実験チャンバーに入れて、その足に電気ショックを与えると、ラットは直ちに実験チャンバーとショックを結びつけるように条件付けられる。その後、新たな実験を行って、同じラットを実験チャンバーに入れると、すくみ行動を見せるようになる。そして、これを定量化して学習状況の目安とすることが可能なのだ。恐怖条件付け学習は海馬に依存し、記憶の固定や再固定の研究では、恐怖条件付け学習が広く用いられてきている。
Leeたちは、アンチセンス・オリゴデオキシヌクレオチドを使って、恐怖条件付け学習記憶の固定と再固定における脳由来神経栄養因子(BDNF)と転写因子Zif268の役割を調べた。アンチセンス・オリゴデオキシヌクレオチドは、注入部位における特定のタンパク質の発現を阻害するように作用する。条件付け訓練の90分前にBDNFアンチセンス・オリゴデオキシヌクレオチドをラットの海馬に注入したところ、その3時間後に行われた検査で、ラットは通常のすくみ行動を見せた。このことは、ラットが恐怖条件付け学習を行い、通常どおり、短期記憶に保存したことを示している。ところが24時間後に検査を行ったところ、その記憶に障害が見られた。これは、BDNFアンチセンスが、恐怖経験が固定され長期記憶となる過程を阻害したことを示している。
次にラットを実験チャンバーに入れ、ショックを与えない検査が行われたが、この場合にラットが見せたすくみ行動からは、ラットが条件付け訓練の後に生成された記憶を想起していることが明らかになった。この時点でタンパク質の合成を阻害すると、記憶の再固定が妨げられ、その後の検査でラットの示すすくみ行動の度合いが低下する。しかし、この検査の前にBDNFアンチセンスを海馬に注入しても記憶の再固定は妨げられなかった。恐怖体験記憶の当初における固定の場合とは異なり、再固定過程では海馬でBDNFが産生される必要がないからだ。これに対して、この検査の前にZif268のアンチセンス・オリゴデオキシヌクレオチドを海馬に注入したところ、記憶の再固定は阻害されたのだった。
実は、巧妙な二重の解離状態があったのだ。記憶の固定に必要で、再固定に不必要なのがBDNFなのに対して、記憶の固定には不必要だが、再固定に必要なのがZif268だったというわけだ。今回の研究は、記憶の固定と再固定という2つの過程に、それぞれ異なる細胞メカニズム(ただし重複部分がある可能性はある)が関与していることを説得力をもって実証しており、両過程の解明を進める手がかりになると考えられる。

doi:10.1038/fake524

「レビューハイライト」記事一覧へ戻る

プライバシーマーク制度