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エピジェネティック修飾の逆転

Nature Reviews Neuroscience

2006年1月1日

仔の成長期における母親の行動が、永続的なエピジェネティック修飾を引き起こし、成長後の仔のストレスレベルに極めて大きく影響することがある。ところでJournal of Neuroscienceに発表された研究では、遺伝子発現が成長期に変異することがあるように、遺伝子発現が成長後に変異してエピジェネティック修飾を逆転させる場合があるという見解が示されている。

ストレス応答には、視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)の制御が関与している。神経刺激があると、副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)が放出され、HPA軸が活性化するが、グルココルチコイドのフィードバックがあると、CRFの合成と放出が阻害され、それによってストレスに対するHPA応答が低下する。

生後第1週に母親から高いレベルの世話を受けた成体ラットは、成長初期に比較的低いレベルの世話しか受けていなかった成体ラットと比べて、成体期の視床下部のCRF濃度が低く、ストレスに対するHPA応答が低い。なお、母親の世話のレベルは、リッキング(舐める)やグルーミング(毛づくろいをする)の程度によって判定された。従来の交叉哺育実験によれば、このような効果は、母親の行動によるものであり、ストレス応答のゲノム伝達によるものではないことが示唆されている。このような効果の差異を支えるエピジェネティック機構には、海馬におけるグルココルチコイド受容体プロモーターのメチル化状態の変化が関係している。母親から高いレベルの世話を受けたラットは、このプロモーターが低メチル化しているが、母親の世話のレベルが低下すると、このプロモーターが高メチル化する。

このDNAメチル化パターンを逆転させられないかどうかを調べるため、Weaverたちは、母親から高いレベルの世話を受けた成体ラットと低いレベルの世話を受けた成体ラットの脳にメチオニンを注入して実験を行った。メチオニンは、食事から摂取できるDNAメチル化調節因子として良く知られている。母親から高いレベルの世話を受けた成体ラットにおいて、メチオニンの濃度を上昇させたところ、グルココルチコイド受容体のプロモーターの高メチル化が起こった。成長初期におけるグルココルチコイド受容体の発現に対する母親の行動の効果が、確かに逆転したのだ。この実験結果は、DNAのメチル化と脱メチル化の背後にある酵素機構が、成長段階だけでなく、成体の海馬における分裂終了後のニューロンでも活性化しうることを示唆している。したがって、安定したエピジェネティック修飾が、成体期に可塑化する可能性があると考えられるのだ。

食事から摂取するメチオニンは、正常な脳の発達に極めて重要だ。そして、脆弱X症候群や特定の精神疾患(統合失調症など)を含む一部の神経疾患とDNAメチル化の異常との間に関連性があるとされている。Weaver et al.の論文では、これらの実験データをもとにして、成長段階と成体期のエピジェネティック修飾が、食事によるメチル化の修飾によって影響を受ける可能性があるという推論が展開されており、とても興味深い。これを糸口として、神経系のさまざまな疾患を治療するための方法への道が開かれるかもしれない。

doi:10.1038/fake541

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