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解散してから修復へ

Nature Reviews Molecular Cell Biology

2003年3月1日

細胞は、ひとたびDNA損傷を被ったら、大急ぎで修復系をスタートさせなくてはならない。ATM(毛細血管拡張性運動失調変異)キナーゼは、この修復過程に関わっていることが知られている。哺乳類の細胞が、DNA鎖の切断を始める電離放射線(IR)の照射を受けると、この酵素がシグナル変換反応を開始する。ATMキナーゼが実際にどのような役割を担っているのか、その詳細はまだわかっていないが、Natureに掲載されたChristopher BakkenistとMichael Kastanの研究では、ATMの活性化の機構についていくつか新しいことが明らかになった。

ATMタンパク質は、ホスファチジルイノシトール-3-キナーゼ・ファミリーに属しているが、脂質ではなくタンパク質をリン酸化している。形質転換ATMはリン酸化タンパク質なので、翻訳後の修飾により活性の調節が行われると考えるのは理にかなっていそうだ。著者らは、ATMでは、セリン1981という特定の残基が実際にリン酸化されていることを明らかにした。セリン1981がリン酸化されている時だけ認識する抗体(抗1981S-P)とリン酸化されていない時だけ認識する抗体(抗1981S)を用いた実験により、このリン酸化がIR照射に応じて起こることもわかった。さらに、形質導入した、キナーゼ活性を持たないATMのリン酸化は、キナーゼ活性を持つATMの存在に依存して起こることがわかり、ATMがトランス自己リン酸化(同種の分子間でのリン酸化)を行っていることが示唆された。

このリン酸化は機能上どういう意味を持つのだろうか。著者らは次に、ATMの各ドメインとタンパク質-タンパク質間の相互作用に関して生化学的な研究を行った。彼らは、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)))で標識したタンパク質を用い、キナーゼとリン酸化されるドメインが結合することを明らかにし、セリン1981周辺のアミノ酸がこの結合に欠かせないことを示した。この結合は理論的には同じ分子内(シスリン酸化)でも起こるし、ATM分子の間(トランスリン酸化)でも起こり得る。そこで、ホルムアルデヒドを使って、共有結合によるクロスリンクを作らせ、ATMがもっと高次元の多量体を形成できるかどうか調べた。その結果、ATMを含んだ複合体で、変性したATM単量体よりも電気泳動速度の遅いものの存在が観察された。この複合体は、細胞がIR照射を受けた場合には観察されず、抗1981S-P抗体では認識されなかった。

BakkenistとKastanは、ATMは本来多量体として存在しており、IR照射を受けると、セリン1981の分子間自己リン酸化と結びついた過程によって解離するのではないかと考えた。この仮説を検証するために、ヘマグルチニン(HA)で標識したATMを293T細胞に導入してみた。またFlagタグをつけた、野生型ATM、キナーゼ不活性型ATM、およびS1981A-ATMも同時に導入した。その上で細胞にIRを照射し、これらのうちのどのタンパク質が結合し合うのか調べた。IR照射後、HA-ATMは、Flagタグ付きのキナーゼ不活性型ATMおよびS1981A-ATMと免疫沈降したが、Flagタグ付きの野生型Flag-ATMとは結合しなかった。この結果から、細胞中にあるATM分子は、平常時はペアを作ることで活動を止められているという図式が浮かび上がってくる。しかし、細胞がIR照射を受けると、このペアが互いにリン酸化を行うことで解離し、損傷を受けたDNAの修復にとりかかるというわけだ。

このモデルは、たしかに実にエレガントなのだが、ATMがそもそもどうやってDNA損傷を監視しているのか、その仕組みに迫るものではない。しかし、BakkenistとKastanには、こちらの答も予想がついているのかもしれない。彼らは0.5Gyという低い照射量(DNA鎖にごくわずかの切れ目しか作らない)でも、細胞内にあるATMの予想外に多くで、自己リン酸化が起こることを観察した。これはおそらく、DNA鎖に切れ目が入ることで核の変化が引き起こされ、それによって損傷箇所とは離れたところにあるATMの活性化が起こることを示しているのだろうと、著者らは考えている。別の言い方をすれば、ATMが修復を開始するには、損傷箇所そのものに結合しなくてもいいということだ。このことと、IR照射が引き起こすDNA鎖の切断が、DNAのトポロジカルな制約に変化を与えるという事実を合わせ考えれば、クロマチンの構造変化がATMを活性化するシグナルかもしれないという答えが浮かんでくるだろう。クロマチンの構造を変化させるが、DNA鎖の切断は起こさない薬品でATMを活性化させることができたことは、この考えを裏付けるものといえる。

doi:10.1038/fake554

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