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過去を掘り起こす

Nature Reviews Microbiology

2003年5月1日

先祖のことを徹底的に調べるのは系譜学者だけというわけではない。比較ゲノミクスの研究者だって、過去から情報を取り出すことに関心を持っている。ここのところ、スポットライトを浴び続けている病原菌、炭疽菌(Bacillus anthracis)について、最近Natureに掲載された2つの論文は、この菌が共有するもっとも近い先祖を調べ、その病原性と生活様式について考察している。

1つめの論文では、Readらが炭疽菌エームズ株の染色体の塩基配列を解読し、その概要配列を近縁のセレウス菌(Bacillus cereus) 10987のものと比較している。エームズ株は、米国で2001年に起こった郵便テロで使われた炭疽菌と事実上同じといってよい。これと同じ号に載った論文で、Ivanovaらはセレウス菌ATCC14579株の塩基配列の解読を完了し、これとReadらが今回完全に解読したエームズ株の概要配列とを比較した結果を報告している。

炭疽菌の重要な毒性因子である3成分からなる毒素と莢膜をコードしている遺伝子が、プラスミドpXO1とpXO2上にあることはすでにわかっている。今回の研究では、染色体上にコードされている毒性因子と考えられるものが、溶血毒素やホスホリパーゼなど複数見つかった。しかし意外なことに、これらの染色体上にコードされている因子は炭疽菌固有のものではなかったのである。実際、2つのグループの両方が、炭疽菌の染色体に含まれる遺伝子の多くがセレウス菌の遺伝子と相同性があり、塩基配列が極めてよく似ていることを確認している。治療法を探すという視点からこのゲノムを見れば、炭疽菌の染色体だけが持つ際立った性質がないことで随分がっかりさせられるかもしれない。しかし、細胞表面にあって、薬剤標的となりそうなタンパク質は34個見つかっている。

従来、セレウス菌の仲間に共通する祖先で、進化上もっとも新しいものは無害な土壌菌であると考えられてきた。しかし、おもしろいことに、ReadらもIvanovaらも、エンハンシンという酵素の相同体を見つけている。これは昆虫の腸内で見られるムチン層を分解できるメタロプロテアーゼであるから、この酵素を持つということは、先祖の細菌は「無害」でなく、昆虫に感染する能力があったということになる。また、炭疽菌では、分泌型のプロテアーゼやペプチダーゼに加えて、アミノ酸とペプチド代謝に関わっている遺伝子の数が多く、糖類の異化に関わる代謝系酵素の数が限られていることも両方のグループが発見している。このような遺伝子構成は、タンパク質を多く含む餌に適応したもので、つまり炭疽菌の祖先である微生物が昆虫に寄生していただろうことを示している。

比較ゲノミクスによる病原微生物の研究では、病原菌とそれに近縁な細菌との間のちがいがはっきりするのが普通である。それに比べて、今回の炭疽菌に関する研究で一番はっきりしたのは、ちがいでなく類似点の方である。セレウス菌の仲間のいろいろな菌の祖先についての研究から、染色体にコードされている病原性機能について共通なコア部分の存在が明らかになった。つまり、生活様式が変わっていく際には、プラスミドにコードされている2つの付属機能を変化させることが役に立っていたのかもしれない。

doi:10.1038/fake731

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