そつのない候補
Nature Reviews Cancer
2005年10月1日
癌による死亡は、原発腫瘍ではなく転移による場合がほとんどである。Kent Hunterらはこれまでの研究で、宿主の遺伝的背景が転移効率に影響を及ぼしうることを明らかにしており、最新号では、この過程に影響を及ぼすアミノ酸多型を有する候補遺伝子Sipa1を特定している。
Hunterらは以前、乳癌マウスモデルを用いて、体質性の遺伝子多型が転移に及ぼす作用を検討した。さまざまな近交系マウスにポリオーマ中型T導入遺伝子を発現させ、量的形質遺伝子座マッピングによって、マウス19番染色体上に転移効率が高いと推定される遺伝子座(Mtes1)が存在することを明らかにしたのである。この染色体領域は、ヒト11q12−13と相同で、既知の転移抑制遺伝子Brms1を隠しもっている。しかし、この遺伝子には、転移に影響を及ぼす目立った多型がないことから、ここでは考慮されていない。
Hunterらは、ほかの候補を特定するため、さまざまな近交系マウスの共通ハプロタイプを用いて候補遺伝子を絞るという複合的なクロスマッピング戦略をとった。これにより、可能性のある遺伝子の数は500個から23個に絞られ、さらに、その既知の分子機能に基づいて優先順位が付けられた。Hunterらは、このうちいくつかを分析して除いていくことにより、Sipa1が、PDZ領域として知られるタンパク質間相互作用領域に、アラニン(DBAマウスに認められる)からスレオニン(FVBマウスに認められる)への置換を生じる多型を有することを突き止めた。Sipa1はマイトジェン誘導性遺伝子で、RAP1およびRAP2のGTPaseを負に調節するGTPase活性化タンパク質(GAP)をコードする。ヒトSIPA1 については最近、そのPDZ領域により、水チャネルであるアクアポリン2 (AQP2)と相互作用することが明らかにされている。そこでHunterらがAQP2を用いてアラニンからスレオニンへの置換がこの相互作用に影響を及ぼすかどうかをみたところ、実際にそうであることがわかった。FVB対立遺伝子とAQP2との結合効率が悪かったのである。
これは、生物学的にどのような意味をもつのだろうか。一過性トランスフェクションアッセイを実施したところ、GTP RAP1活性を抑えるという点で、FVB対立遺伝子の方がDBA対立遺伝子よりも効率が低いことが判明した。AQP2はこれを阻害するが、DBA対立遺伝子がある場合の効率ははるかに高い。ということは、FVB対立遺伝子を発現する細胞では、Rap−GTP活性レベルが低くなる。in vitro で細胞に発現するSipa1を抑えたところ、SIPA1が細胞の接着特性を調節していることが示されたが、これは細胞間相互作用に影響を及ぼすことがわかっているRAP1に対する作用と矛盾しない。しかし、Sipa1は転移に影響しているのだろうか。マウスモデルを用いた一連の実験からは、Sipa1のRNA阻害により、転移性がきわめて高い乳腺腫瘍細胞系からの肺転移数が減少することがわかった。逆に、FVB対立遺伝子が過剰発現すると、肺転移数が増大した。ヒト腫瘍の分析でも、SIPA1が過剰発現すると、転移性の進行を来すことが明らかになった。
以上の結果から、Sipa1は、その全タンパク質濃度および/またはRAP1を不活化する能力によって判断されるように、転移性の進行を調節していることがわかる。原発腫瘍の細胞は密接に相互作用する傾向が強いため、上のデータからは、DBA対立遺伝子のホモ接合体が、転移能を抑えるとも予想される。このことを確認し、Sipa1に近く、やはりMtes1遺伝子座に寄与しうるほかの遺伝子がないかどうかを検討するには、さらに研究を重ねる必要がある。
doi:10.1038/nrc1727
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