真実はIn vivoにあり
Nature Reviews Cancer
2005年9月1日
培養細胞系を用いた試験により、癌遺伝子による老化が形質転換に対する重要な保護作用であることが示されているが、in vivo腫瘍形成にみる老化の役割は明らかにされていない。Natureに掲載された論文4件では、老化によって、動物モデルおよびヒト組織腫瘍の進行が妨げられていることが明らかになり、この問題が鎮静化した。
癌遺伝子の誘導など、さまざまな細胞ストレッサーに反応して起こる安定した増殖停止を特徴とする老化は、ARF−p53シグナル伝達経路によっても、INK4A−RB (網膜芽細胞腫タンパク質)シグナル伝達経路によっても調節されることがわかっている。Chrysilis Michaloglouらは、メラノサイトの良性腫瘍であり、癌遺伝子BRAFで活性化変異を来たしていることが多いヒト母斑(ほくろ)の老化を検討した。母斑は、数十年間にわたって増殖停止状態を維持し、悪性化(メラノーマ)することはごくまれである。Michaloglouらは、変異BRAFを発現する母斑は、高レベルの老化マーカーをも発現しているために、増殖しないことを明らかにした。これは、活性化BRAFがヒトメラノサイトを十分に形質転換できない(老化機序を不能にして、メラノーマを生じさせるには、さらなる変異が必要となる)ためである。しかし、母斑細胞なら必ずINK4A、ARFおよびp53をアップレギュレートするわけではなく、ヒトメラノサイトにはまだ見つかっていない老化誘導機序が、ほかにも存在していることがわかる。
Zhenbang Chenらの論文では、ヒトおよびマウス双方の早期前立腺癌にも、老化細胞が存在することが明らかにされている。マウス前立腺癌細胞は、腫瘍抑制因子PTEN (ホスファターゼとテンシンの相同遺伝子)を不活化すると、in vitroでもin vivoでもp53依存性経路を通じて老化する。しかし、PTENおよびp53がともに消失すると、浸潤性前立腺癌が迅速に形成される。すなわち、p53を介する老化誘導は、前立腺癌を進行させないための保護機序であると思われる。
腫瘍の老化細胞を調べる上での制約のひとつは、利用できるマーカー数が少ないことであった。Manuel Colladoらはマイクロアレイを用いて、発現レベルが老化誘導と相関している少数の遺伝子を特定した。また、マーカーの複合パネルを用いて、活性化 RASによって誘導されたさまざまなマウス腫瘍について、老化細胞の分布を分析したところ、老化細胞は前癌性腫瘍には均一に存在しているものの、悪性腫瘍には存在しないことがわかり、癌遺伝子による老化が、腫瘍進行の制限に一役買っているとの結論に達した。
Melanie Braigらは、発癌性RASに反応して生じる老化誘導の新たな機序について検討した。造血細胞コンパートメントで活性化RASが発現するトランスジェニックマウス(E-NRasマウス)には、長時間経過後に非リンパ性新生物が生じ、ほとんどの細胞がRBを介する経路を通じて老化していた。老化細胞にはヘテロクロマチン領域の存在が以前に報告されていることから、ヒストン修飾が増殖停止に関連することがわかった。ヒストンメチルトランスフェラーゼSUV39H1はRBと結合するため、Braigらは、この両タンパク質がともに機能して老化を調節しているかどうかを検討した。実際に、Suv39h1を狙い撃ちして抹消したE-NRas マウスは、浸潤性T細胞リンパ腫によって迅速に死亡し、このタンパク質がリンパ腫進行の重要な阻害因子であることが明らかになった。Braigらは、SUV39H1およびRBが何らかの形で、老化に必要なDNAパッケージングを調節しているのではないかとしている。
以上のことを総合すると、老化誘導はきわめて不均一なプロセスではあるが、どの腫瘍の進行をも妨げるものであることがわかる。癌遺伝子が活性化した際に老化の引き金を引く経路を厳密に特定し、一部の細胞がどのようにして老化を免れ、きわめて浸潤性の高い転移性腫瘍に進行するのかを明らかにするには、さらに研究を重ねる必要がある。
doi:10.1038/nrc1707
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