ノックインは新しいノックアウト
Nature Reviews Cancer
2005年7月1日
最初は、トランスジェニックマウスがあった。その次が遺伝子ノックアウトマウス。さらにその次が、調節可能なトランスジェニックマウス、そして現在はノックイン、ノックアウトマウスがある。Gerard Evanらは、p53ERTAMマウスを作製している。このマウスでは、内因性Trp53遺伝子がp53融合タンパク質をコードするものに置換されており、そのタンパク質の機能は、もっぱら人工リガンド4-ヒドロキシタモキシフェン(4-OHT)の存在に依存している。
なぜ、わざわざ骨を折ってまで、このようなマウスを作製するのか。既存モデルの有り余るデータでも腫瘍形成の複雑な問題に取り組むには足りないというのだろうか。悲しいかな、その通りである。なぜなら、マウスモデルの進化に伴って、取り組もうとする問題の複雑さも増しているためである。
たとえばp53。ヒト腫瘍ではp53経路が遮断されていることが多く、ストレスや病理学的な刺激に対して細胞が発する無数のシグナルをp53が統合しているという事実を反映しているのではないかと考えられる。研究者らは当初、転写因子としてのp53が、特異的で容易に特定可能な遺伝子ネットワークの調節を通じて作用していると考えて悦に入っていた。しかし現在では、調節されているのはp53であり、これがタンパク質レベルでその影響の多くを巧妙に引き出していることは極めて明白である。では、p53が依然としてその内因性遺伝子プロモーターのコントロール下にあるマウスを作製することができ、このタンパク質がどの細胞ででも正常な生理学的レベルで産生されながら、リガンドの元になるものが外からもたらされない限り機能しない場合、このようなマウスが本当に、われわれの新しい疑問に対して新しい答えを提供してくれるのだろうか。p53ERTAMノックインマウス(Trp53K1/K1)は生存能力があり、調節可能なp53タンパク質を発現し、すでにp53機能に新たな光を当てはじめている。
Trp53K1/K1 マウスは、4-OHT不在下で正常に発生するが、標準のp53ノックアウト動物と動態が類似したリンパ腫を発生してしまうことから、基本的に p53ERTAMは4-OHTの不在下で機能しないことがわかる。4-OHTの存在下ではp53ERTAMは機能するが、活性化されないという点がきわめて重要である。4-OHTの存在下で、Trp53K1/K1マウス胚線維芽球(MEFs)または成マウスのいずれかのDNAを損傷させると、p53は予想通りに機能し、p53標的遺伝子が発現してアポトーシスが誘導される。しかも、4-OHTをなくすとp53の機能がなくなることから、上記マウスでp53が機能するには、常に4-OHTの存在が必要であることがわかる。
このように基本原則を固めた上で、Evanらは脱制御された癌遺伝子の発現およびDNA損傷に反応して起こるp53の一時的な調節について検討し始めた。培養したMEFにRASが発現すると、p53活性化により複製老化が引き起こされる。活性化HRASを発現するTrp53K1/K1 MEFでは、RAS脱制御によりp53活性化シグナルが持続的に発せられ、ほとんどの細胞が、複製老化の維持にp53の機能を必要とする。しかし、gamma線などのDNA損傷に対して発せられるp53活性化シグナルは一時的である。放射線照射からわずか48〜72時間後にはp53機能が回復し、Trp53K1/K1マウスのアポトーシスの引き金が引かれる。これは、このような損傷が効率的に修復されていることを示し、放射線による損傷の回復にp53が必要かという疑問を投げかけている。
こうした初回データにより、すでに腫瘍発生時におけるp53の生物学および機能性に関する以前の考えについて精査がはじまっている。今後さらに問題を提起することによって、われわれはようやく、この魅力的でもどかしい腫瘍抑制遺伝子を効率よく操作することができる立場にいるのではないかと思われる。
doi:10.1038/nrc1657
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