TRKに乗る
Nature Reviews Cancer
2004年12月1日
腫瘍抑制因子の機能の破壊が最も多いのが癌細胞であり、これは不活化変異またはDNAのメチル化といった後成的機序によって生じる。Andrew Mackayらは、神経芽細胞腫細胞を増殖抑制型の受容体チロシンキナーゼTRKAを発現するものから、腫瘍進行を助長する癌遺伝子を発現するものへと切り替える選択的スプライシング機序を突き止めた。
TRKAは、神経成長殖因子(NGF)と結合し、中枢神経系および末梢神経系の発達に必要とされるニューロトロフィン受容体のメンバーである。NGFはこの受容体と結合してマイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)シグナル伝達経路を活性化し、神経前駆細胞の分化および増殖の停止を引き起こす。TRKAにおける特定の変異は細胞を形質転換させる。この変異が種々腫瘍にあることが確認されているほか、TRKAは通常、腫瘍抑制因子として機能することを示す証拠がある。
Mackayらは、神経芽細胞腫細胞におけるTRKA活性化の役割を検討するなかで、TRKAの新規なスプライス変異型を特定し、TRKAIII と名づけた。TRKAIIIは、重要な機能をもつエキソン3つを欠失した膜関連受容体をコードする。このアイソフォームは、神経冠由来神経芽腫瘍細胞、正常な多能性神経幹細胞および神経冠前駆細胞に特異的に発現する。Mackayらは、TRKAIIIがリガンド不在下で、イノシトールリン酸を通じてシグナルを送る(MAPK経路ではなくAKTシグナル伝達経路)ことを明らかにした。
TRKAIIIのこのトランスジェニック発現は、培養線維芽細胞を形質転換させるほか、神経芽細胞腫細胞系がドキソルビシンによる細胞死を来さないよう保護する。TRKAIIIを発現するこの神経芽細胞腫細胞は、懸濁培養すると増殖して大きな腫瘍様球状体となり、ヌードマウスにおいては、これを発現しない神経芽細胞腫細胞よりも迅速に腫瘍を形成した。さらに、上記マウスから TRKAIIIを発現する腫瘍を単離したところ、血管充実度が高く、このシグナル伝達経路は血管新生をも引き起こすことがわかった。Mackayらは、その血管新生誘導における役割を検討するなかで、低酸素は正常ヒト神経幹細胞、神経冠由来前駆細胞および神経冠由来神経芽腫瘍細胞におけるTRKAIII発現を特異的に刺激するが、それ以外の細胞ではこれが起こらないことを突き止めている。Mackayらはこのことから、TRKAIIIは通常、発達時において低酸素をはじめ、ストレスとなる諸条件から、未分化神経幹細胞または神経冠前駆細胞を保護するのではないかとしている。分化を果たすとその発現は消失するが、神経冠由来神経芽腫瘍細胞では温存されている。
この休眠アイソフォームがどのようにして、神経芽細胞腫をはじめ、甲状腺髄様癌およびクロム親和性細胞腫といったさまざまな腫瘍に再発現するようになるのかを明らかにするには、さらに実験を行う必要がある。Mackayらがヒト腫瘍試料を検査したところ、末期神経芽細胞腫におけるTRKAIIIの発現レベルが高く、腫瘍が悪性化する傾向が裏付けられた。このことから、TRKAIIIの発現は、患者の予後を占うのに用いられるのではないかと考えられ、このアイソフォームは、腫瘍特異的な治療標的として重要となりうる。
doi:10.1038/nrc1519
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