低酸素の二面性
Nature Reviews Cancer
2004年10月1日
低酸素状態は、癌細胞が生き残るために克服すべきものであり、低酸素領域が生じないよう新しい血管の形成が必要であると考えられることが多い。しかし、実際には低酸素状態が発癌を助長していることを示す証拠が増えている。この証拠に加え、Eileen Whiteらによる最近の研究では、低酸素による遺伝子不安定性の助長が癌を進行へ駆り立てること、このプロセスで腫瘍細胞が生き延びるには、アポトーシスの不活化が不可欠であることが明らかになっている。
Whiteらは、腫瘍形成における向アポトーシスBCL2-ファミリータンパク質 BAKおよびBAXの役割に注目した。幼若マウスの腎上皮細胞をアデノウィルスE1A癌遺伝子およびドミナントネガティブ型p53で形質転換すると、一部のアポトーシスは(p53不活化により)遮断されるが、BAX およびBAKが関与するp53非依存性アポトーシス経路は、依然として機能している。上記細胞はin vitroで形質転換するが、動物に注入しても腫瘍は形成されず、BAX/BAKアポトーシス経路の不活化が腫瘍形成に必要な理由が問題となっている。
Whiteらは、これについて、機能性のBAKおよびBAXを発現する上記細胞が、腫瘍細胞がin vivoで遭遇する低酸素条件下で生き残れないことによるものかどうかを検討した。これと矛盾しない所見として、Whiteらは、注入した細胞が高度の低酸素状態となり、アポトーシスおよび壊死により死滅することを突き止めた。ところが、in vivoで低酸素条件下に置いても、BAX/BAK経路が(BaxおよびBakの欠失か、または抗アポトーシスタンパク質BCL2の過剰発現により)不活化している細胞は、生き延びて腫瘍を形成した。
興味深いのが、BAXおよびBAKの機能をもたない細胞は、in vivoで倍数体の巨大腫瘍細胞となったが、機能性のBAXおよびBAKをもつ細胞は、そうならなかったことである。Whiteらはこれを受けて、低酸素状態は倍数性を助長するが、細胞がこのプロセスをかいくぐるには、p53非依存性アポトーシス経路の遮断が必要ではないかと考えている。
Whiteらは、BAX/BAK経路の不活化が、低酸素条件下で生き延びるのに必要であるかどうかを直接検証するため、細胞が酸素も栄養も得られないin vitro虚血条件下での分析を行った。E1Aおよびドミナントネガティブ型p53を発現しながらも、機能性のBAKおよびBAXを有する形質転換細胞は、上記条件下でアポトーシスを来したが、BAK/BAX経路が不活化された細胞は生き延びた。
これにより遺伝子不安定性が助長されるかどうかを検証するため、細胞を虚血状態にし、その後、回復期間を設けて、染色体量およびアポトーシスレベルを調べた。虚血状態によっては、BAX/BAK経路の状態に関係なく、染色体量の多い細胞が生じた。しかし、この経路が活動している細胞では、アポトーシスレベルが高く、回復期間後に倍数体は認められなかった。これに対して、BAXおよびBAKの機能が不活化していると、倍数体は生き延びて存続していた。
倍数性は、腫瘍の進行と関連付けられてきた遺伝子不安定性および異数性が発生する上で、重要な段階であると考えられている。そのため、低酸素および虚血は、このプロセスを助長する点で、癌の進行において重要な役割を担っていると思われるが、この段階をかいくぐるには、BAXおよびBAKの経路の消失または遮断が必要と考えられる。これは、腫瘍の進行に必要な分子レベルの変化についての新たな見識をもたらし、低酸素状態にして癌細胞を殺滅することを目的とした治療戦略に重要な意味をもつものと考えられる。
doi:10.1038/nrc1459
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