遺伝的スイッチ
Nature Reviews Cancer
2004年8月1日
カポジ肉腫は、カポジ肉腫関連ヘルペスウイルス(KSHV)感染の結果として、免疫不全の個体によく生じる悪性腫瘍であるが、どの細胞から生じるのかや、どのように進行するかについてはほとんどわかっていない。Nature Genetics 7月号で2つの記事が、遺伝子発現プロフィールを用いてKSHVがリンパ節特異的遺伝子の発現を活性化することを明らかにし、新しい治療法の道が開けたとしている。
カポジ肉腫は主として、皮膚細胞に影響を及ぼし、腫瘍細胞のほとんどが、内皮細胞マーカーを発現する。Chris Boshoffらは、遺伝子発現分析を用いてカポジ肉腫生検検体と正常皮膚細胞とのプロフィールを比較し、血管内皮増殖因子受容体3 (VEGFR3)、アンギオポエチン2 (ANG2)、ポドプラニンおよびCD206など、カポジ肉腫細胞がリンパ節内皮細胞(LEC)関連遺伝子を高い割合で発現することを明らかにした。Boshoffらはこのほか、血管内皮細胞 (BEC)に特異的な遺伝子をいくつか発現させている。同じく、Detmarらも遺伝子発現分析を用いて、ヒト皮膚微小血管内皮細胞がKSHVに感染すると、リンパ系統特異的遺伝子の70%がアップレギュレートされることを明らかにしている。
では、どの細胞がKSHVに感染するのだろうか。Boshoffらは、数種類の血管細胞を用いて、ウイルスの感染および複製を分析し、LECが最もKSHVに感染しやすく、BECがこれに次ぐことを突き止めた。Boshoffらは、内皮細胞がウイルスに感染すると、まずリンパ血管特異的遺伝子を発現するよう、転写によって再プログラムされるが、BEC特異的遺伝子もいくつか含まれている。これによって細胞表現型が変化すると、ウイルスはさらに効率よく複製するようになり、LEC分化経路を利用して自らの生活環を促進するものと考えられる。この分化が横道へ逸れると、カポジ肉腫となる。これで思い出すのが、扁平細胞の分化を利用して生活環を完成させるヒトパピローマウイルス(HPV)による頚部癌である。
ウイルスが標的とし、この遺伝子発現スイッチを押す細胞内要素とは何だろうか。ホメオボックス遺伝子PROX1はリンパ血管の発生および分化をコントロールするマスター遺伝子であり、特にLECによって発現する。Detmarらは、KSHV感染によってPROX1のアップレギュレーションが8倍となったことを明らかにしている。Boshoffも、正常な皮膚と比較して、カポジ肉腫細胞においてはPROX1が中程度にアップレギュレートされていることを観察している。
以上のことから、KSHVは一次リンパ節の表現型に向かう内皮細胞のトランスクリプトームを再プログラムするものと思われる。これには、ウイルスによるPROX1のアップレギュレーションが一枚かんでいるが、BoshoffらもDetmarらも、関与している細胞またはウイルスの遺伝子がほかにもあるのではないかとみている。ANG2およびVEGFDといったリンパ血管新生分子が、カポジ肉腫患者の血漿中でアップレギュレートされていることから、この分子が今後開発される抗リンパ血管療法の治療薬の候補となる可能性が高い。
doi:10.1038/nrc1424
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