癌進行の力学
Nature Reviews Cancer
2004年3月1日
変異および淘汰といった進化論的概念は、数式にして説明するとわかりやすい。癌化は体細胞の進化の結果である。このため、数理アプローチを用いれば、発癌および進行のプロセスを理解することができる。しかし、増殖する細胞集団において癌遺伝子を活性化し、腫瘍抑制遺伝子を不活化する力学を支配する基本原則とは何であるのか。また、体細胞変異および体細胞淘汰の量的学説は、遺伝的不安定性の役割評価にどう役立つのであろうか。
要約
- 癌は主として、癌遺伝子、腫瘍抑制遺伝子(TSGs)および遺伝的不安定性を引き起こす遺伝子といった癌感受性遺伝子の変異に起因する。癌は単一の細胞系譜が複数の変異を受けて生じる。
- 上皮組織は、コンパートメントに細分され、コンパートメント内で発癌が起こる。各コンパートメント内では、細胞の代謝回転が間断なく起こっている。各コンパートメントは、少数の幹細胞が分裂および分化することによって補充されている。健常な組織では、ホメオスタシスによって細胞数が一定に保たれている。
- 数理モデルによって、発癌および進行のプロセスを説明することができ、変異、淘汰、遺伝的不安定性および組織構造に関する腫瘍発生の力学を定量的に理解することができる。
- 変異によって癌遺伝子が活性化すると、細胞に選択有利性がもたらされる。われわれは、活性化癌遺伝子をもつ細胞系譜が発生し、細胞集団を乗っ取るまでの時間を算出する。
- TSGの両対立遺伝子の不活化も、細胞にとっての選択有利性につながる。TSG不活化の力学は、細胞集団の大きさおよび変異率に依存する3つの速度論的な法則によって表される。集団の大きさを小中大に分けてみると、それぞれ2、1および0律速ヒットによってTSGが不活化される。
- 染色体不安定性(CIN)がTSG不活化を加速する。
- CINの有無に関わらず、小さな細胞集団でTSGを不活化するには、2律速ヒットを要する。このため、CIN変異は、腫瘍発生の初期に起こりうる。
- Knudsonのツーヒット仮説は、TSGの第一対立遺伝子とCIN遺伝子とにそれぞれひとつずつ変異が起こるという考え方と一致する。TSGの第二対立遺伝子を不活化する変異は、CIN細胞においては律速ではない。
- CIN細胞においてはヘテロ接合性の消失がとてつもなく加速するため、律速シナリオで少なくとも2つのTSG不活化が必要な癌のほとんどは、体細胞の適応度に関してCIN
が大きな犠牲を払うとしても、CIN変異から始まる可能性がきわめて高い。
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doi:10.1038/nrc1295