人工的な腫瘍移植系
Nature Reviews Cancer
2003年12月1日
生態系を制御して、本物そっくりの自然環境をつくり出すことができるものか。農場で飼育されている動物は、生息環境にいるときと同じような行動をするだろうか。おそらく、そうではない。だから、Marianna RuzinovaらとHashmat SikderらがCancer Cell誌の10月号で同時に報告しているように、異種動物由来の腫瘍移植片と自家発症腫瘍が、血管新生に伴うストレスに対して異なる応答を示しても驚くべきではないだろう。さて、Idタンパク質は、塩基性ヘリックス‐ループ‐ヘリックス転写因子の負の調節因子で、腫瘍の血管新生および異種由来の腫瘍移植片の増殖に欠かせない。しかし、自家発症腫瘍におけるIdタンパク質の役割は今まで知られていなかった。
Ruzinovaらは、Pten+/-マウスを用いて腫瘍の自家発症を研究し、Id遺伝子が欠損してもリンパ系の過形成病変や子宮癌の増殖速度は減少しないことを観察した。Sikderらは発癌性化学物質を利用してId1-/-マウスに自家発症腫瘍の増殖を誘導し、野生型対照マウスに比較してこのマウスでは皮膚腫瘍の発生率が実際に高いことを示した。
したがって、Id遺伝子の欠損は、自家発症腫瘍の増殖速度を抑制しなかったが、新しい血管系と腫瘍の組織構造への影響はどうだろうか。Ruzinovaらの観察によると、Pten+/-マウスに発生したリンパ腫と子宮腫瘍の血管系ではId1遺伝子とId3遺伝子が両方とも過剰に発現していた。これらの腫瘍は、Id遺伝子に変異をもつマウスでは壊死性になり、出血を起こす。ふつうは血管系でのId遺伝子の過剰発現がみられない褐色細胞腫は、Id遺伝子量の減少による影響を受けなかった。
以前の異種移植片を用いた研究では、Idタンパク質の量が減少すると新しい血管系の形成がひどく妨げられた。ところが、もっと生理的状況に近いPten+/-マウスモデルでは、腫瘍血管系の損傷のしかたが異なり、肥大した不規則な形の血管が吻合して生じた網状組織、Hif-1α(低酸素症誘導性因子‐1α)タンパク質の過剰発現および血管の透過性の増加のすべてが観察された。対照的に、SikderらのId-/-マウスモデルでは血管新生の欠損は観察されず、血管の密度と内径はId+/+マウスの血管と類似していた。ただし、Id+/+マウスの腫瘍血管がId遺伝子を正常に発現するかどうかは確認されていない。
異種移植片の血管系の形成は、骨髄由来循環性内皮前駆細胞(bone-marrow-derived circulating endothelial precursor、BM-CEP)に依存する。Ruzinovaらの研究によると、Pten+/-マウスではBM-CEPは子宮癌の血管系形成に関与し、機能性を回復させるが、リンパ系過形成の新生血管形成には関与しない。したがって、BM-CEPの必要性が腫瘍の種類によって変わることが実証された。
ところで、Idタンパク質の影響を受ける標的因子は何だろう。Ruzinovaらは、Pten+/-Id1+/+マウスとPten+/-Id1-/-マウスに発生した腫瘍由来の内皮細胞で発現される遺伝子群の組合せを比較した。Ruzinovaらの結果によると、Id1遺伝子は、α6およびβ4インテグリン、基質メタロプロテイナーゼ2、繊維芽細胞増殖因子受容体1を含む数種の血管新生関連因子の発現を制御している。以前の研究でId1-/-マウス胚繊維芽細胞での発現増大が見いだされたトロンボスポンジン‐1は、Id1-/-マウスの自家発症腫瘍の血管系では発現量が増加しなかった。さらにSikderらによると、Id1遺伝子の欠損は、腫瘍の免疫監視に関与する一群のT細胞によるケモカイン受容体Cxcr4の発現を消失させた。これらのT細胞は皮膚の腫瘍部位に戻れなくなるので、皮膚腫瘍の発生が抑制されなくなったのである。
この2つの研究結果は、血管新生に伴う過酷なストレスにさらされた腫瘍は限られた大きさ以上に成長することはないという長年の見解に異議を唱えるものである。そして、今後の研究にはマウスの自家発症腫瘍モデルを利用する必要があることが明確になった。
doi:10.1038/nrc1239
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