Research Highlights

役割を切り換える

Nature Reviews Cancer

2003年11月1日

TGF-β情報伝達経路は腫瘍形成の初期段階は抑制するが、転移など後期段階は促進するという風変わりな能力をもつ。TGF-βへの応答は細胞の型に依存するのか、あるいは腫瘍形成を誘導する特別な遺伝的変化に依存するのか、そしてTGF-βは実際に単一の細胞系譜内で役割を切り換えているのかはまだわかっていない。Lalage Wakefieldらはこれを研究し、後者の仮説が真であることを示している。

 このグループが研究に用いた3つの細胞系は、Fred Millerらが、不死であるがその他 の点では正常で腫瘍も形成しないMCF10A乳房上皮細胞(M-I)から誘導したものである。HRAS癌遺伝子の移入で得たMCF10AT1k.cl2(M-II)系の細胞は、マウスに注入した場合通常、良性の過形成損傷を形成する。しかし、これらの損傷のいくつかは癌に進行するので、それをもとにMCF10Ca1h(M-III)系とMCF10Cala.cl1(M-IV)系をつくる。M-III系の細胞はよく分化した癌を形成し、M-IV系の細胞は分化の程度が低い転移性癌を形成する。これらの細胞系はすべて、TGF-β受容体を発現し、増殖はTGF- βで阻害される。

 では、この経路を阻害するとこの4つの細胞系でどのような影響が見られるのだろう。 Wakefieldらはこれらの細胞に優性阻害型のTGF-β受容体IIを移入し、これがTGF-βの情報伝達を18時間、十分に阻害することを示した。その結果、TGF-β標的遺伝 子MYCの抑制解除が起こり、TGF-βによる増殖因子阻害に抵抗性が示された。次に、これら形質移入細胞をマウスに注入し、腫瘍形成への影響を調べた。M-I細胞はまだ腫瘍を形成できなかったが(これはTGF-βの損失が腫瘍形成誘導に重要でないことを示す)、移入M-II細胞は対照M-II細胞と比較して統計的に有意に、急速に成長する損傷を形成した。M-III細胞系の場合も、ゆっくり成長する腫瘍を形成する細胞をマウスに注入したところ、短い潜伏期間を経てTGF-β情報伝達経路の阻害された、急速に成長する腫瘍を形成する細胞に変化した。これらは組織学的異型度が高く、分化の程度が低かった。

 一方、M-IV細胞系の腫瘍形成能はTGF-β情報伝達経路の阻害による影響を受けなかった。注入された細胞はTGF-β経路の状態にかかわらず対照と同様の速度で成長し、同様の組織学的状態の腫瘍を形成した。しかし、転移能は著しい影響を受けた。ヌードマウスの尾の静脈に対照M-IV細胞を注入したところ、肺への転移がすべてのマウスで8週以内に起こったが、形質移入細胞を注入したマウスでは40%しか転移が起こらなかった。これは進行した腫瘍では、TGF-βの前転移状態誘発能が発揮されることを示している。

 このように、TGF-β情報伝達は、単一の細胞系譜の中で、実際に腫瘍抑制から前転移状態へと切り換わり、この切り換えは単一の腫瘍原性現象によって開始されるようだ。これはTGF-βを標的とする治療に重要な意味をもつ。つまり、情報伝達経路に必要なのが回復なのか阻害なのかが、病気の段階に依存する可能性がある。

doi:10.1038/nrc1225

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