敵を知る
Nature Reviews Cancer
2003年11月1日
自分の身を守るためには、敵がふんだんに使う武器を知ることが重要だ。癌撲滅を目指す闘いにおいては、発癌物質が腫瘍の発生を促進する機構に関する情報が、発癌物質の作用を防止あるいは消去する治療法を開発するために不可欠である。今回のBarcellos-Hoffらの論文によると、電離放射線は変異を誘発するだけでなく、後成的機構によって癌を引き起こす場合もあることが示唆され、この発癌因子の作用を防ぐ最良の方法を見つける新しい手がかりが得られた。
電離放射線にはDNA損傷を誘発する力があり、その発癌性の基礎として認められている。一方、電離放射線が正常な細胞間の相互作用あるいは細胞と細胞外基質との相互作用を破壊し、腫瘍の進行に関与する可能性を示す証拠もある。これらの相互作用が失われると、通常は周囲の環境から与えられる細胞の増殖と運動を阻害する要因が取り除かれるため、腫瘍の発生が決定的になる。Barcellos- Hoffらはヒト乳管上皮細胞(HMEC)を電離放射線にさらした場合、DNA損傷と無関係に腫瘍の進行を促進する可能性のある形態変化が誘導されるかどうかを調べることにした。そこで、HMECに致死量以下の電離放射線を照射し、照射処理した細胞から増殖してできた細胞集団における細胞の相互作用と形態形成への影響を解析した。
Barcellos-Hoffらの観察によると、照射処理細胞では、ふつうなら乳管上皮組織内に形成される腺房構造の組織がひどく崩壊していた。重要なのは、電離放射線を照射したのちに数世代培養した子孫細胞でこの組織崩壊が観察されたことである。これらの細胞群では、正常な細胞の相互作用において重要な役割を果たす数種のタンパク質の発現様式にも異常が見られた。細胞間接着に不可欠なE‐カドヘリンとβ‐カテニンや、ギャップ結合タンパク質のコネキシン43は、正常な局在部位での存在量が減少していたので、電離放射線は正常な細胞の接触を破壊することがわかる。
これらの変化は、電離放射線の変異原性作用によるとは考えられない。存続するほぼすべての細胞、すなわち、変異の影響から予想されるよりもはるかに多数の細胞で変化が見られたからである。したがって、電離放射線は細胞の構造構築に遺伝的に受け継がれる変化を誘発し、この変化が電離放射線の変異原性とは無関係に腫瘍の発生を促進し、さらに細胞の悪性化を進行させる可能性がある。Barcellos- Hoffらの研究結果によれば、電離放射線の照射が引き起こす腫瘍の発生を防ぐには、細胞の構造構築が崩壊するのを防止または阻止する薬剤を治療に使う必要があり、この発癌因子の作用を防御する新しい治療法の手がかりが得られたことになる。
doi:10.1038/nrc1219
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