方向感覚の発達
Nature Reviews Cancer
2003年11月1日
転移する癌細胞は自分が行く場所を正確に知っているらしい。しかし、癌細胞は通常、標的器官へ宿るのに必要なケモカイン受容体を発現しない。ではどのようにして方向感覚をもつようになるのだろう。Wilhelm KrekらがNature誌に寄せた報告によると、CXCR4ケモカイン受容体の発現は、正常な酸素条件下ではフォンヒッペル・リンドウ(VHL)病腫瘍抑制タンパク質によって抑制され、低酸素条件下では低酸素誘導因子(HIF)により誘導される。
Krekらは、VHL欠損A498腎細胞癌細胞(RCC)と、目印として赤血球凝集素を付加し てVHLを発現するように改変したA498細胞の遺伝子発現特性を比較し、VHL発現細胞ではCXCR4 mRNAの発現が強く抑制されることを示した。さらにKrekらは、VHLの 変異型(VHLがHIF1αを分解するのを妨げる)がCXCR4の発現を抑制できないことを示しており、CXCR4はHIFによってじかに調節されることになる。低酸素条件下の腎上皮細胞ではCXCR4mRNAの蓄積がGLUT3(既知のHIF標的) と同様の速度で起こり、CXCR4が低酸素誘導性遺伝子であるさらなる証拠を示している。したがって、VHLの機能の喪失、低酸素、CXCR4の過剰発現の間には関連があるようだ。
彼らはCXCR4プロモーターとイントロンを解析し、4つの低酸素応答要素候補を見つけた。ルシフェラーゼによるレポーター解析でこの領域を解析したところ、VHL陽性ヒト胚性腎細胞では低酸素に応答して、ルシフェラーゼ発現が2倍に増加した。野生型HIF1αとともに細胞内に導入すると、レポーター活性は10倍に増強され、欠失解析では、このHIF1α誘導性レポーター活性には上流低酸素応答要素が重要だとわかった。電気泳動移動度シフト解析からHIF2αがこの要素に結合することが示され、CXCR4プロモーターがHIFの標的であることが確認された。
では、CXCR4の発現は細胞の移動に影響を及ぼすのだろうか。トランスウエル解析では、間質細胞由来因子1α(SDF1α、CXCR4に特異的なケモカイン)の濃度が増加すると、A498は方向性をもって移動するようになり、野生型VHLが回復するとこの応答機能がなくなった。SDF1αによる促進は、細胞の移動と増殖を調節するLIMキナーゼ1と細胞外信号調節キナーゼ(ERK)の急速な蓄積を活性化する。しかし、VHLの不活性化とCXCR4の発現増大が生体内でも起こっているのだろうか。
KrekらがRCCにおけるCXCR4、およびHIF標的遺伝子であるカルボニックアンヒドラーゼ(CA9)とGLUT1の発現を調べたところ、この3つの遺伝子のmRNA量が、乳頭状RCCあるいは正常な腎組織よりも明細胞RCCで著しく高かった。CXCR4の発現を腎癌組織のマイクロアッセイを使ってさまざまなRCCで調べたところ、高レベルのCXCR4発現と腫瘍のステージすなわち分化段階の間には相関はないが、CXCR4発現と生存率の低さには強い相関があった。
これらの結果から、RCCが転移能を獲得する機構が浮かび上がる。酸素の欠乏――侵襲性の高い腫瘍の特徴――がCXCR4の発現を誘導し、RCCは離れた部位へ向かう道筋を見つけて転移できるようになる。さらに、VHLに変異を生じた腫瘍細胞は、腫瘍形成の初期に転移の準備が整う可能性がある。
doi:10.1038/nrc1215
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