適切な方向に飛ぶハエ
Nature Reviews Cancer
2003年11月1日
転移は腫瘍の進行の最も危険な局面だという事実にもかかわらず、腫瘍と宿主の遺伝子型に多様性があるため哺乳類のモデルで転移を研究するのはむずかしい。Raymond PagliariniとTian Xuは、転移特性に関与する遺伝子を同定する過程を簡略化した的確なDrosophila(ショウジョウバエ)モデルを開発し、この問題に取り組んだ。
ショウジョウバエにも腫瘍ができる。血液循環系の欠如などの決定的な違いが哺乳類との間にいくつかあるが、ショウジョウバエは癌研究の重要なモデル系になりつつある。ショウジョウバエを使う研究の重要な利点の1つは、特定の表現型を与える遺伝子の選択が可能なことである。Xuらは、転移の促進に関与する遺伝子を探索する新しい検査手法を開発した。この検査法は、活性型のRasタンパク質と緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現する細胞を使用し、限定された位置に非浸潤性の腫瘍形成を誘導することから始める。次に腫瘍細胞の変異を誘発し、FLP組換え酵素を発現させた後、GFPで標識した腫瘍細胞が別の組織に移動したショウジョウバエ変異体を選択する。ショウジョウバエの幼虫は透明なので、蛍光を発する細胞の移動を容易に観察することができる。
非浸潤性の腫瘍は、触覚・複眼原基/視葉領域に発生し(左側の写真が野生型、右側の写真が腫瘍)、この領域以外には広がらない。ところが、この腫瘍細胞に変異が誘発されると、本来の領域以外の部位にGFP標識細胞が存在するようになる。ショウジョウバエ集団の1つでは、腫瘍細胞が腹神経索の中へ移動し、やがて脚原基と気管の脈管構造に広がる。この腫瘍細胞には、細胞の極性と大きさを調節するタンパク質をつくるscrib遺伝子を不活性化する変異があった。しかし、scrib遺伝子の変異だけをもつ細胞は生体内での増殖が悪く、他の組織に浸潤しないので、腫瘍の転移を引き起こすにはScribタンパク質の不活性化とRasタンパク質の活性化の組合せが必要だと考えられる。
ところで、Scribタンパク質の不活性化は転移にどうつながるのだろうか。Xuらの観察によると、ヒトの悪性腫瘍の場合と同様に、ショウジョウバエの腫瘍の基底膜は分解され、腫瘍細胞のE‐カドヘリンの発現は抑制されていた。この2つの特徴は、癌細胞の移動を促進する要因である。Xuらはさらに、細胞の極性と上皮細胞の形態を調節するdlg1やcdc42などの別の遺伝子を破壊した場合も、Rasタンパク質を活性化する変異と共同作用して転移を促進することを見いだした。
では、転移におけるRasタンパク質の役割は何だろうか。細胞増殖、成長あるいは生存を増進する別の遺伝子の変異があっても、scrib-/-細胞の転移の進行を引き起こすのに十分ではなかった。したがって今後は、腫瘍形成性のRasタンパク質が細胞極性を調節する遺伝子群と共同作用して腫瘍の転移を促進するしくみを正確に決める研究が必要である。Xuらの開発した遺伝子探索法により、転移の誘導に重要な他の遺伝子が得られることになるだろう。
doi:10.1038/nrc1221
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